やまあらしのジレンマ

あいびき」のふんわり後日談ですが、独立したお話です。

* * *

1.「やまあらし」の女

 朝食夕食付き、一日一回のルームキーピングが入って一泊六千八百ベリー。高くもなく安くもなく、だと思う。
人里離れた丘の上にあって、少なくとも二十分は歩かないと町にはたどり着けない場所だから、ルームサービスを断る人の方が少ない。港町と島の中心地のちょうど真ん中くらいにこの宿はある。港から中心地へ向かう人が素泊まりできるようにとここへ建てたのだけれど、どちらかというと、港町の宿屋やモーテルからあぶれた人が来る宿になってしまった。町までの道のりが不便だね、とこぼす人と、人里離れているから、悪巧みにはもってこいだと思っていそうな人もいた。
悪巧みをしていそうな人は様々だったが、多いのは海賊だ。大海賊時代にあって、海賊のまったく停泊しない島の方がいまや少なくなってしまった。この島も例外ではない。これといって大きくも小さくもない町だが、海賊の停泊は頻繁にあった。
物資が豊富で、名産の地ビールがあり、海軍の巡回航路からも少し離れている。うってつけの島なのだろう。私はすっかり海賊にも慣れてしまった。

宿屋「やまあらし」は、おおよその宿屋がそうであるように、一階部分が酒場になっていて、二階、三階が個室になっている。個室と言っても、木造りの、おしゃれでも豪華でもない普通の小部屋だ。毎日掃除が入るので、汚らしい感じはないが、それでもあちこちガタがきている。特に日当たりの悪い部屋になると、じめっとしていて、その湿気はどう掃除してももう取れそうにない。
私は「やまあらし」でメイドをやってもう十年になる。十二歳のころからここでメイドをやっているが、メイドというより掃除婦に近い。宿の主人が潔癖に近い綺麗好きで、そのせいで掃除に関しては誰よりも気を配れるようになったと思う。「やまあらし」の自慢できるところは、地ビールがおいしいところと、掃除が行き届いている、その二つくらいにとどまった。
 この宿屋で働いてしばらくすると、「ただの行商」か、「ただの船乗り」か、「ただの海兵」か、それとも「海賊」か。それが、扉から入ってきた瞬間に、なんとなく分かるようになる。海兵さんたちは分かりやすい。みんな、そろって誠実に、正義のコートと制服を着ているからだ。気をつけないといけないのは、正義のコートも制服も着ていない海兵さん。何かとんでもない厄介ごとが起こって、宿に潜伏している可能性が高いからだ、とおかみさんが言っていた。
「昔何人かそういうのがいたんだよ。うち二回はそのあと大捕り物になってね。宿でドタバタやられて、斬り合いになんかなったモンだから、血のあとだのなんだのを掃除するのが大変だったよ」
 なんせ、旦那があれだからねえ。と肝っ玉の据わったおかみさんはご主人を顎でしゃくった。
「たっぷり、海軍に賠償請求してやったさ。だから二階部分はほとんど改修したんだよ。あとは、そうだねえ、もうずいぶん前だけど、小さい男の子を連れたのもいた。絶対にあれは海兵だ、ってアタシと旦那は言ってたんだけどね。えらくこそこそ、子どものことをフードとマントでかぶせて隠すもんだから、旦那は誘拐事件じゃないかとか、もしくはほら、小さいのに賞金のかかったニコ・ロビンみたいに、子どもの賞金首じゃないかとか大騒ぎしてねえ。熱いお茶を飲むたびにお茶を吹きだす、変なやつだったよ」
 と、そんな、うそか本当か分からないような話をして、おかみさんは、客の素性には触れないようにと再三、私に注意するのだった。
「客の素性なんて、知って得することはないよ。面倒なことに巻き込まれちまうからね」
 言われなくても、私はお客さんの素性なんて探ろうと思わない。好奇心は猫を殺す、って言うけれど、私はあいにく、生まれつき詮索することをよしとしない性格だった。

 そういうわけで、私は扉が開いて、「いらっしゃい」とおかみさんが声をかけた途端に、「あ、これは」と思ったのだった。おかみさんも、ご主人も思っただろう。物静かなご主人は黙ってグラスを磨いていたが、ちらちらと不安そうに、入ってきた二人を盗み見ていたし、おかみさんは「こりゃ厄介だよ」という表情を隠さなかった。
「泊まれるか」
 男は見上げるほど大きかった。それに、素性を隠すつもりもないらしい。
 真っ赤な髪。写真では分からなかった。くちびるも、目も赤い。ものすごく陳腐な表現だけれど、「悪魔」っていうのが即座に頭に浮かぶくらい、地獄から這い出してきたみたいな男だった。
 腕っぷしで敵う人間はこの中にいないだろう。酒場をぐるりと見回す必要もなくそう思った。彼はじろりとくたびれた宿屋の、しんと静まり返った酒場を見回した。
「ああ。一泊六千八百ベリー。二階の角が空いてるよ」
 ほら、行きな。おかみさんは私に合図して、このお客さんを押し付けた。いつもそうなのだ。若い女を盾にすればことが収まると思っているらしい。(しかもその戦略はたいていにおいて成功してしまった。)

 彼の大きさに隠れて、すぐには分からなかったけれど、彼には一人、連れがいた。すっぽりとフードをかぶって、マントを着ている。顔も体型も性別もよく分からない。素性を隠しているのだろう。二階の角、日当たりもいいし湿ってもいない、一番マシな部屋の鍵を取って、私は彼等を二階に案内した。
「朝食と夕食がついてます。部屋にお持ちすることもできますし、下で食べてもらってもいいです。お昼は追加料金です、あと、」
 言いかけた私を遮って、彼は部屋に入るなり窓を開け、外を確認し始めたマントの人物に、
「どうする」
 と問いかけた。部下か何かなのかと勝手にそう飲みこんでいた私は、彼のその、気軽で、対等な人間に投げかける親しげな調子に、おや、と少し違和感を感じた。
「ここで食う」
 声からすると男の人だ。マントの男は外を確認し終わると、部屋の中のチェックをしはじめる。内鍵か? と聞かれたので、ええ、鍵はついてます、と答えた。
「じゃァ、飯はここへ持って来い」
「一日一回、お部屋のお掃除がありますけど」
「どうする」
 花瓶の裏までチェックしているマントの男に、また彼は声をかけた。彼は半分、口調が笑っている。
 じ、とマントの男がこちらを見たような気がした。顔は全然、見えないが、ろくなやつではないだろうということは分かる。この、「南の悪魔」と呼ばれる男と一緒に行動しているのだから、何の後ろ暗いところもない人間のはずがない。
「好きにしろ」
 マントの男は投げやりな調子でそう答え、ばふ、とベッドに腰掛けた。
「なら、掃除もしてくれ。掃除は何時だ?」
「朝九時からです」
「あァ、分かった」
 もういい、という雰囲気が伝わってきたので、部屋の鍵を渡し、水差しを置いて部屋を出た。できるだけ不自然でない程度の早歩きで、一階に降りる。心臓が早鐘を打っていた。
 一階に降りたとたん、ワッ、と歓声が私を包んだ。わたしが十五のときからこの酒場に入り浸っている、港町の町長さんが、よかった、よかった、生きてるぞ、と縁起でもないことを言う。
「あぁ、びっくりした。とんでもないのが来ちまったよ。キャプテン・キッドなんて……」
 胸をなでおろした様子のおかみさんが、壁に掲げられた手配書をちらと見る。四億七千万ベリー。新世界に入ってきた「最悪の世代」の一人だ。仲間をひきつれてこなかっただけ、マシかもしれない。どうしてこんな人里離れた、不便な宿に来るのだろうなんて、考えるまでもない。ここを敢えて選ぶ理由は、何か「悪巧み」をしているからだ。
 人目を避けなければならない理由がなければこの宿には来ない。特に海賊は、港町の宿やモーテルで十分事足りる。中心地まで出なくても、物資の調達も間に合うだろうに、ここまで来るのにはそれなりの目的があるのだ。長くここで勤めてきたので、そのあたりの機微は理解ができた。
「キャプテン・キッドの船がこの島に来てるってことですよねえ」
「ああ、そうだろうね。港はもうその話でもちきりだろうよ。うちに噂が届くのは、たいてい、一日二日遅れてからだから……」
 何も起こりませんように。そのときはもう祈るしかなかった。あのマントの人、部下ですかねえ。私がそう問うと、素性の詮索はご法度だよ、とおかみさんがぴしゃんとたしなめた。

 彼らがやってきたのは夕食の時間が終わってから。素泊まりで帰ってくれればよかったけれど、残念ながらそのそぶりはない。いつまでいるんですか、とも聞けず、「やまあらし」の二階にはぴりぴりした緊張感が漂いつづけている。朝、夜に二人分の食事を持って行き、朝九時に掃除に入った。朝九時には彼らの姿はなく、掃除のときはやや緊張感がマシになる。奪われる心配はしていないのだろう、彼らの私物らしいものが、部屋の中にいくつか置き去りになっていた。
 部屋には気になる点がいくつかあった。
 ひとつは、ベッド。シングルが一つずつある二人用の部屋なのに、一つのベッドのシーツは剥されず、きれいなままだ。もう一つは上で暴れまわったみたいにぐちゃぐちゃになっていて、ひどいときは掛布団が床に転がっていた。
 ふたつ、マントの男が着ていた、長いフードつきのマントは、一日目からずっと壁にかけられたまま、使われた様子がない。ということは、やはり、彼はここへ入ってくるときだけ素性を隠すことができればそれでよかったのではないかと思う。
 みっつ。それなのに、私はいまだ、マントの男の素顔を見ていない。図ったようなタイミングで、私が食事を運んでいくと、そこにいるのはキャプテン・キッドだけ。シャワーの音が聞こえる日もあれば、まったく、キャプテン・キッド一人のように見えることもあった。

 朝も夜も、食事を持って扉を叩くと、キャプテン・キッドがドアを開ける。薄く開いた扉から顔を出して、私が一人であることを確認してから、ドアを開いて中へ招き入れる。直感だが、おそらく、マントの男にそうしろと言われているのだろう。たまに、扉を開けて確認してから、「ちょっと待て」ともう一度扉を閉めることもあった。

 ……だめだめ。素性の詮索は、ご法度だ。

 厄介ごとに巻き込まれないための鉄則だったはずだ。おかみさんとご主人は、まるでキャプテン・キッドなんて見たこともない、みたいな顔をして、いつも通りの日々を貫いていて、キャプテン・キッドとマントの男も、おおっぴらに宿屋の中を歩いたりしなかった。
 誰も彼らが宿を出入りする姿を見ていないのに、彼らは朝早い時間から、夕食ごろまで部屋をからにした。これは気になる点のよっつめだった。

 朝の目玉焼きとパンケーキを、一つのトレイはパンケーキをやめて握り飯にしろと言われた。地鶏のローストにバゲットをつけると、次は一人分米にしてくれとも言われた。酒も追加でよく頼み、金の払いはとてもいい。だからご主人とおかみさんはあまり文句も言わなくなった。案外静かだし、厄介なことにもなってない。いちいち食事を運ぶたびに戦々恐々としている私の身にもなってほしいけれど、私も徐々に彼らの扱いにも慣れてきた。

 このまま何もなく、来た時と同じく唐突に彼らは「やまあらし」を去るものだと、どこかで私はそう期待していた。だから、ノックをし、キャプテン・キッドの顔がのぞいて、入れと扉を開かれたとき、少し隙があったのだと思う。
 ガチャン! と荒っぽい音で扉が閉まって、トレイを落としそうになった。十年染みついたメイド仕事のおかげで、トレイがかちゃかちゃ音を立てただけに済んだのには及第点をやれる。
「あっ、」
 と声を上げる前に、もが、と口をふさがれた。キャプテン・キッドの大きなてのひらは、私の顔の半分以上を隠してしまった。
「騒ぐな。入ってこい」
 声をかけてきたのはキャプテン・キッドの方じゃない。部屋の奥、ベッドに腰掛けている男がそう言った。男を見たとき、心臓がスゥと寒くなる感覚があった。

 トラファルガー・ロー。
 
 北の海出身の、「死の外科医」と呼ばれる男。マントの男は彼だったのだ。素性を隠して、別の船の船長だというのに、キャプテン・キッドとこの部屋をねぐらにしていたのだ。
 キャプテン・キッドの手がはずされても、声は出なかった。じり、じり、とトレイを持ったまま歩を進める。まるで背中を見えない手で押されているみたい……と思ったけれど、実際、キャプテン・キッドが押していた。早く行け、ということらしい。
 乱れていない方のベッドに座らされ、トレイはテーブルに放置されて、私は彼ら二人と向き合った。空気が張りつめ、呼吸の音すら耳を突く。つま先さえ動かしても危険だ、といううるさい警告音が、私の行動を厳しく制限していた。
「てめェをどうこうするつもりはねェ」
 先に、マントの男……、いや、トラファルガー・ローがそう言った。私はごくりと生唾を飲むだけだ。震えることすらできやしない。
「……ほんとにコイツが信用できンのか? マヌケそうだぜ」
 ハッ、と皮肉っぽく笑うキャプテン・キッドを無視して、トラファルガー・ローはじろりとこちらへ向けた視線を動かさなかった。値踏みされている、そういう感じがあった。
「コイツからおれたちがここにいるってことが漏れても、別にかまわねェ。コイツひとりでどうこうできる話じゃない」
「まァ、そりゃそうだな」
 キャプテン・キッドは特に自分から話すつもりはないらしく、ブーツを脱いで、ベッドに横になった。トラファルガー・ローが座っている向こうに、ゆうゆうと寝そべっている。猛獣を従えた猛獣使いみたいだと思った。
「ここにおれとユースタス屋……、ユースタス・キャプテン・キッドがいることは、言うまでもねェと思うが他言無用だ。お前はおれたちがここを出ていくまで、おれたちから得た情報に対して責任を持て。誰にも言うな。異論は?」
 ぶんぶん、と首を横に必死に振る。トラファルガー・ローは気にした様子もない。
「てめェに頼みてェことがある」
 言って、トラファルガー・ローは立ち上がり、どけ、と私を立たせてから、ベッドを軽々片手で持ち上げた。ベッドの下、わずかな空間に、おびただしい数の花が敷き詰められていた。
「……ノルウェーヘッジホッグ……」
「やっぱり、この島の住民なら分かるらしいな」
 はじかれたように逃げ出した私を見て、満足そうにトラファルガー・ローは笑った。ノルウェーヘッジホッグは、真っ白な花を咲かせる植物で、その花の蜜は甘く非常に香りが高いが、中毒性を持つとして栽培を禁じられた花である。ヘッジホッグは強い生命力を持っていて、このようなベッドの下の空間でも根を張り、数を増やす。トラファルガー・ローはそれが本当なのか、島のはずれから採取したヘッジホッグをここで育てていたらしい。
 ヘッジホッグを使った酒を飲んで、麻薬中毒者のようになってしまった島民がいたことを覚えているし、ヘッジホッグの香りに含まれる強い催淫作用を悪用して、精力増強剤だの、媚薬だのを裏で取引している連中がいることも、ヘッジホッグを使って捕まえた女を手籠めにしたり、売り飛ばしたりするような事件があることも知っている。港町の娼館では、違法のヘッジホッグを無理やり娼婦に飲ませるのだ。ヘッジホッグが群生する森には絶対に近づくなと小さい頃から教えられていたし、ヘッジホッグはその生命力のため、どんなに島民が手を尽くしても、一向になくなる気配がなかった。
「においは充満しねェように薬品で消してる。空気中にはほとんど含まれてねェはずだ。だが近づきすぎると催淫作用が働く」
 さっきまでヘッジホッグの上に座っていたことを思い出して、ぞおっとした。
「これを、どうするつもりなんですか……?」
「おれは医者だ。ヘッジホッグの本当の利用価値を、この島の人間は誰もしらねェ。ヘッジホッグはうまく扱えば蜜もかおりも花びらですら、医薬品になる。外科治療にも内科治療にも使える万能薬だ。だが不思議なことに、この島でしかヘッジホッグは採取することができねェ。ヘッジホッグが根を張っている場所で蜜を採取するのが最も効果が高く、理想的な方法だ。だからしばらく、おれはここでヘッジホッグを栽培してた」
 トラファルガー・ローによると、あとは蜜の採取と花びらの回収、試薬の開発とテストですべての工程が終了するらしい。私に一体何をさせたいのか、まだ全く話が見えなかった。
「そこで、お前に一つ、頼みがある。ヘッジホッグを採取し、試薬開発をしている間、部屋の出入りが多くなる。帰ってこねェ日もあるだろう。おれたちが完全に宿から姿を消すまで、部屋を見張れ。誰も入れるな」
 トラファルガー・ローの目は、有無を言わさぬ感じがあって、私は、つい、「は、はい」と頷いてしまった。

 お前以外の誰かが入れば、痕跡ですぐ分かる。トラファルガー・ローはそう言って私にとどめを差し、あとはふいと興味を失って、テーブルに置いてあったトレイに手を伸ばした。もう覚めてしまったが、握り飯を迷わず掴んで、口に運ぶ。パンをどけろと言っていたのはこっちだったらしい。
 話が終わったらしいと分かって、ヒマそうにしていたキャプテン・キッドが、私を引っ立てて外へ出した。扉を開ける前、キャプテン・キッドが「手ェ出せ」と言ってきたので、おずおず、手を出すと、上に重いオリハルコンの指輪が乗った。
「……!?」
 あらゆる貴金属の中で最も価値の高いオリハルコンなんて、触ったこともなかった私にとって、まるで爆発物でももらったようだった。
「口止め料だ」
 キャプテン・キッドはそう言って、扉を開けた。行っていい、ということらしかった。
 とんでもないことに巻き込まれてしまった。宿泊客の素性の詮索はしない主義だったのに、逆に、素性を明かされ、厄介ごとに巻き込まれてしまった。海賊に手を貸したら、犯罪幇助罪とか、そういうものに該当するのだろうか? 私の不安は尽きなかったが、それよりも、
 ぐちゃぐちゃに乱れたたった一つのベッドの謎が、解けてしまった気がして、気が気ではなかった。

  2.キャプテン・キッドのトゲつきコート

 ヘッジホッグの香りが充満しているせいだろうが、どうも夜中に目が冴えやがる。まったく、面倒なことに巻き込まれちまった。そもそもここへ来る前にヘマをやらかしたおれ自身を責めるしかすべはねェが、自分を責めた、なんていう情けねェ経験はしたことがなかったから、それも胸糞悪ィことの一つだ。
 トラファルガーから提示された「ルール」は簡潔だ。とにかく文句を言わずにおれに従うこと。そのせいで、おれはもう一か月近くこのチンケな島にカンヅメにされて、やることと言えばよくわからねェ花のかおりを嗅がされ、いい調子でボルテージの上がってきた体を散々ほうっとかれ、トラファルガーの野郎の陰湿な実験に突き合わされ、解毒はしてやるからと毒性の強い花の蜜をしこたま飲まされる毎日だった。
 いや、まだある。ヘッジホッグ、とかなんとかいう花を取ったのもおれだ。絶壁の崖から海岸線に降り、命綱なしのロッククライミングをしねェととれねェ場所にある花を何度も取りに行かされた。おれにあの変なかおりを嗅がせて、ヤりたくなってきたおれをベッドに縛り付けて(思い出すだけでも胸糞悪ィ)、「花のかおりが人体にどう作用するのかも見てェ」とかなんとか言って、手コキでイかされた上、おれを縛ったまま精液を顕微鏡で見始めたときは寒気がしたぜ。分かってはいたが、コイツはマジでサイコ野郎だ。
 トラファルガーの「ルール」を破れば、おれのかわりに人質になってるキラーの心臓が鍋で煮こまれることになってる。キラーには、「お前らの痴話げんかにおれを巻き込むな」と死ぬほど怒鳴られたが、最後は受けやがるあたり、アイツも相当麻痺してる。
 
 だが、一つ、いい点を挙げれば、トラファルガーの「医者」の顔を見れンのは、新鮮な発見だった。「医者」のツラをしてるときのこいつは、真剣で、ぴんと一本張った糸みてェに、静かでたゆみがねェ感じがある。声をかけずに眺めてんのも、声をかけてやって集中力を切らしてやるのも面白かった。ヘッジホッグの花を煮詰めて、蜜を抽出したフラスコを、「飲め」と言って掲げるときの、「医者」のツラがおれは嫌いじゃなかった。
「ユースタス屋。煮詰まったら、火を消せよ。おれはこっちを見なきゃならねェ」
 よくわからねェ実験器具の間を行ったり来たりしているトラファルガーの横で、おれは鍋を眺めるだけだ。四億の首が、ばかばかしい。おれァ何をやってんだ、と常々思ったが、それでも、おれはトラファルガーとの「ルール」を守り続けた。
 
 シャボンディ諸島からの付き合いになる。しょっちゅう鉢合わせるわけでもねェが、顔つきあわすと小競り合いになって、結局は宿屋で一発、しけこむわけだ。おれとトラファルガーはよくわからねェ関係だ。おれも、敵船の船長とヤることになるとは思ってなかったし、こいつもそうだろう。
 でも、分かるか? 「そういう空気」っていうのが、世の中には、あるんだよ。そのときになりゃァ、自然とわかる。そういう風になってんだ。おれはその「空気」をつかんだ。トラファルガーも、「つかんだ」。だからおれたちはこうなってる。

 この島に来ることになったとき、トラファルガーはおれだけを連れていく、と言った。双方の船員から文句が出たが、トラファルガーがムカつくくらい冷静な理論でねじ伏せた。トラファルガーはおれと二人になると、こうも言った。ヘッジホッグには催淫作用があるから、クルーを使うより、お前を使った方が、やりやすい。と。
 やりやすい、なんざ言い訳だ。おれを使いたかったんだろうが。そう言うと、脛を思い切り蹴り飛ばされたが、これは、コイツの照れ隠しだ。

 できるだけしなびた宿屋がいい、ということで、港の近くにある「ハープ」だの「セイレーン」だのいうモーテルはやめて、港から少し離れた、「やまあらし」という宿屋に泊まることにした。二組以上の海賊団が集まっているところを目撃されるのはよくない、ということで、トラファルガーが簡易な変装をし、入った。おれが変装でもよかったのだが、お前の方が目立つだろ、と半笑いで却下しやがった。
 マントを脱ぎ、部屋に二人になったとき、あちこち部屋の中をチェックし終わったトラファルガーは、ベッドの下の隙間で育てるのが一番実験結果が出そうだ、と言った。そこでヘッジホッグが生育することが確認できれば、あとはねずみ算式にヘッジホッグを増やして、必要な量が育ちきったら薬を作る。花を育てるなんて悠長なこと付き合えねェぞ、と文句を言ったおれに、あいつは、ヘッジホッグが三日で花を咲かせることをカケラも言わなかった。性格の悪ィ野郎だった。
「ベッドの下にヘッジホッグが育つと、さすがにそこでは寝られねェ。においがキツいからな」
 暗に、こっちのベッドで寝ろ、と言ったトラファルガーに、言われねェでもそうするつもりだ、と言ってやると、フンと鼻を鳴らして視線を逸らした。これも、コイツが照れるとやるやつだ。

 「やまあらし」に泊まってすぐの夜、トラファルガーを抱いた。もうコイツとは半年以上会っていなかったから、抱きがいがあった。おれとヤってからずいぶん時間が経っていたせいで、トラファルガーの体は、まだ男とヤったことがないときの状態に近いくらい、硬く、ほぐしにくくなっていて、ケツを入念にやわらかくしてやって、ぐずぐずになったトラファルガーにぶち込んだとき、
「思い出したかよ?」
 と聞いてやった。
「ッる、せェ……、」
 そううめいて、トラファルガーは、おれの腕を引き寄せた。あいつの体にさわると、汗がてのひらに吸い付くみてェだった。

 そこから先は、正直、マトモなセックスをしてねェ気がする。ヘッジホッグの催淫作用で昂ぶったチンコをしゃぶっても、精液を飲んでも、対象には催淫作用がうつらねェのかだとか、さっき言ったベッドにしばりつけ、だの、ろくな目に合わなかった。おれはたいてい、少なくとも腕か足を縛られて、アイツが満足するまで体をいじくりまわしやがるのに耐え、しかも、しかもだ! ヘッジホッグ中毒を抑える解毒剤には強い眠気を伴う成分が入ってやがって、おれは解毒剤を飲まされた瞬間に爆睡することになった。最悪だ。
 宿屋のマヌケそうなメイドに部屋の管理をさせることを決めたのはトラファルガーだ。どうしても、二人だけだと採取と実験で手一杯になり、一日がかりの作業にある。野生のヘッジホッグと人工的に増やしたヘッジホッグに違いはあるのか、とか、そういうことにまで気が回ってきたらしく、トラファルガーはやむを得ず、マヌケなメイドを巻き込んだ。
「あの女は口が軽い方じゃねェ。カンだが、たぶんそうだ」
「マヌケそうだしな」
「あァ。掃除のスキルも高い。地元の女だろうから、ヘッジホッグの扱い方も分かっているはずだ。少なくとも宿の主人と嫁よりマシだろう」
 そう言って、かわいそうなメイドは巻き込まれ、おれは口止め料としてオリハルコン製の指輪を渡してやったが、あとでトラファルガーに、あんなものを渡すと額がデカすぎてアシがつくから、こういうときは現金を渡すんだ、とたしなめられた。トラファルガーが現金を代わりに渡し、指輪を取り上げたらしく、おれのもとにまたオリハルコンの指輪が戻ってきた。
「いらねェよ」
「いるいらねェの話じゃねェだろう。てめェはこういう裏取引に向いてねェ」
 だが、おれにもプライドはある。一回やると言って差しだしたモンをもう一度懐にいれるなんざ、そんなダセェことはしたくねェ。おれはトラファルガーにその指輪を押し付けた。おれだと思ってつけとけ、と冗談で言ったんだが、次の日、シャワーを浴びたとき、トラファルガーの首から下がった銀色のチェーンの先に、おれの指輪が下がっているのを見て肝が冷えた。

 調子が狂う。
 トラファルガーはよく分からねェ。おれにもあいつにも、数えきれねェほど隠し事がある。近寄りすぎると痛い目を見る気がする。だから、つかず離れずが一番いい。そう分かっているのに、めちゃくちゃに引き寄せて、独占しちまいたいと思うこともある。トラファルガーはよく分からねェ。おれらしくやる、ということを、アイツにいちいち、乱される。

 ヘッジホッグの蜜の採取が佳境に差し掛かってきた夜に、あいつがスポイトから一滴一滴垂らす琥珀色の液体のつぶを眺めて、いい加減ねむたくなってきたころに、採れた蜜を硝子の試験管におさめながら、トラファルガーが突然、
「甘いのか」
 と聞いてきた。
 花の蜜の味のことを聞いているのか、と分かるまでに数秒あった。そのくらい唐突だった。
「あァ。まァまァだ」
「へェ」
 味が気になんなら、舐めてみりゃどうだ、と言う前に、きゅぽっとコルクのふたを開け、トラファルガーが試験管の中をすんとかおった。蜜にも催淫作用はあるのか知りたかった、とかあとでぬかしやがったが、蜜にしてしまうと催淫作用はなくなる、と数日前に言ってやがったのをおれは覚えてる。
 おれが覚えてねェと思ったのか、それとも、嘘を練るのも面倒だったのか。トラファルガーはずさんな嘘をひとつついて、ふわ、と目をとろつかせた。
「……キくらしいな」
 ヤってくれ、って意味だな。そう思った。これも、「空気」だ。コイツは素直じゃねェから、嘘をつかねェと、「ヤりたい」とは言えねェ。初めて会ったときは、気軽に「ヤろうぜ」とふっかけてきやがったくせに、こいつは、距離が縮まりそうになると、遠くからおれに嘘をついた。
 お前が勝手にそう動いたんだぞ、とでも言いたげに、遠くからおれを眺めて、近寄らないように、近寄らないように、気を付けてやがるみたいだった。

 だからおれは走る。
 がむしゃらに引っ張る。トラファルガーがぶっ倒れても気にしねェ。こいつはそれでやられるヤワなヤツじゃねェことは分かってる。
 おれが引いてやらねェと、こいつは、全てから遠ざかるのだ。
 おれたちは二匹のヤマアラシみてェだった。

  3.うわばみ使いのトラファルガー・ロー

 ヤマアラシのジレンマ、という言葉がある。
 二匹のヤマアラシが、お互いの針を警戒して、近寄ったり、離れたりをする様子から、恋人同士でつかず離れずを繰り返す様子を揶揄したものだ。
 おれには縁遠い言葉だと思っていたが、そうでもないらしい。ユースタス屋が、
「おれとてめェは、ヤマアラシみてェだな」
 と、宿屋の名前を思い出したのか、ふとそう言ったから、おれはその言葉を思い出したのだ。
 ヤマアラシのジレンマ。おれたちにぴったりじゃねェか。くっつくことも離れることもできない。おれたちには、体を覆う鋭い棘があって、それで刺し合い、たまに傷ついて、お互いの体を舐めあっている。
 
 正直なところ、ユースタス屋がいなくてもヘッジホッグの採取は可能だった。だが、ユースタス屋がやらかしたヘマの「迷惑料」と称して、おれはキッド海賊団からしばらく「かしら」を借りることにした。別に、クルーでもよかったのだ。けれど、おれはいろいろ理由をつけて、ユースタス屋にしてしまった。
 二人きり、部屋に閉じ込められると、おれたちは途端に何をしたらいいのか分からなくなる。案外、二人きりになるとおれたちは静かだ。くだらない小競り合いもするが、仲間を率いているときより、口数は減る。そのかわり、沈黙をうめるみてェに、お互いを確かめ合う。おれはここにいて、お前はここにいる。そして、これが、お前のからだ。おれのからだ。好きにされればされるほど、おれはおれがおれであることを知る。

 ユースタス屋のいいところを三つあげるなら、チンコのデカさ、扱いやすさ、それと、いや、前言撤回だ。この二つに尽きる。おれはユースタス屋の利用価値を知っている。この男はなんだかんだと文句を言っても、結局はおれの世話を焼く。だからおれはユースタス屋を「使って」やる。チンコも同様。チンコに関しては別に切り取ってしまってもいいレベルだ。使えればいいのだから。
 と、思うようにしている。
 けれどおれの、さらに奥の部分が、それが真っ赤な嘘であることもささやいている。おれはそのどちらも知っていて、そして、できるだけ奥の部分のささやきを無視するように努めている。
 一緒にいるとどきどきする。(ばからしい。そんな女みてェなことをおれが思うわけがねェ。)
 どきどきするけど、安心もする。(安心できるわけがねェ。ユースタス屋は敵船の船長だ。)
 できれば、これから先も一緒にいてェ。(おれには、クルーがいる。こいつは、いなくて、いい。)
 上げていくときりがない、ささやきをひとつひとつ抹殺して、おれはようやくユースタス屋と正面から向き合うことができる。この男はひとを飲みこむ。おれは飲みこまれるのがこわい。うわばみと対峙するへび使いの気持ちで、おれはユースタス屋と距離を取っているつもりだったが、ユースタス屋が、「おれとてめェはヤマアラシみてェだ」と言ったせいで、分かってしまった。
 ユースタス屋にとっても、おれはうわばみだったのだ。飲まれる、と、ユースタス屋も思っていたに違いない。
 
 
 琥珀色の蜜はほのかに甘いかおりを発していた。においがどうの、といらないことを言ったのは間違いだった。つい数日前に、ユースタス屋に「蜜にすると催淫作用のあるかおりは消える」と言ったところだったのに、早まった。けれど、連日の実験で、素直におれの言いなりになるユースタス屋を見ていて、たまらなくなってしまった。ユースタス屋が好きなように、今度はおれをあちこち調べていい番だと思った。だから、へたくそな嘘をついた。
 おれはいつも嘘がうまいのに、おかしな話だ。

 ユースタス屋が動いてくる様子は、まさしく、鎌首をもたげて襲い掛かろうとする「うわばみ」だ。みし、とベッドが音を立てると、ああ、くる、と体がぞくっと熱くなる。そんなこと、微塵も思っていないような顔を作るのに努力した。ユースタス屋の手が、「いい度胸じゃねェか」というように、おれの顎を掴んで固定した。
 ヤりたくなってきただろ、と、おれの嘘にだまされた振りをしているユースタス屋が、ニイとくちびるを吊り上げる。ああ。ヤりたくなってきた。笑ってやると、ユースタス屋の何もぬっていないくちびるが重なった。塗っているときは、バニラのかおりがするのだ。ブラック・ウィドウの四番、とか、言っていた気がする。頬をてのひらでこすると、案外、やわらかい肌をしている。まだ二十を超えたばかりなのだ、この男。おれと大して変わらないといっても、肌まで、まだまだ、若者だった。
「トラファルガー」
 この、おれの名前を呼ぶときの、低い不思議な発音が好きだ。蜜に催淫作用はないはずなのに、ふつふつと体から湧き出るような熱を感じる。こぽこぽ……、とフラスコの中で泡が立ち、弱火のバーナーが炎を上げている。あと一時間は煮込む必要がある。一時間あれば十分、イけるはずだ。
「散々人の体で遊んでくれやがったな、てめェ?」
 こうやって、ユースタス屋をからかい、好き放題し、そのあとの仕返しも嫌いじゃない。だからおれはユースタス屋に仕掛けるのかもしれない。そのあとの仕返しに期待をしながら。けれど、それを認めてやるつもりはないので、これもおれから仕掛けた遊びだというペースに引き込んでいく。このくらいできないと、うわばみを操ることは不可能だ。
「花のかおりを嗅いできてもいいぞ、ユースタス屋。シラフのお前じゃおれを満足させられねェかもしれねェからな」
「ハ! ナマ言ってんじゃねェ、シラフでヤられてひいひい言ってただろうが」
 ユースタス屋の体が上にくる。思えばそうなるのは久しぶりだ。ずっとユースタス屋の体を下にした好きなことをやっていたから、それだけでぐつぐつ煮えあがりそうだった。
「てめェのツラ見りゃァ、わかるぜ、何されてェか。上に乗られて、おれがてめェにやられたみてェに、体、好き勝手にいじられてェんだろうが? お望みどおりにしてやるよ」
 ユースタス屋は力の加減を知っている。動けないけれど、これくらいなら苦しくはない、そういう加減をうまくやって、そして完全に自由を奪う。ひざの裏に手をやられ、足を上げられ、体が痛くなるぎりぎりの体勢から腰をねじ込まれても、苦しくはなかった。
「ん……っ!」
 入口に、ユースタス屋のでけェのが当たると、ああ、もう入る、もう入る、と気持ちが急いてくる。つぷつぷ、と入口を押し広げて、ケツがめくれるんじゃないかと思うくらい、太くて、若干反っていて、おれに子宮口があったら一気に届くだろうな、くらいの長さのモノが、じわじわねじ込まれる。ユースタス屋は見た目によらず、がつがつ突いてこない。乱暴に擦られるのはスパートの時だけだ。最初は、スローにしかこすってくれない。抜かれて、また奥まで突かれて、その振動だけでじわじわとイきそうになったところを、スパートでいきなり追い上げてくる。火花が散るほど激しいピストンを、受けたことがねェだろ? これは受けてみねェと、わからねェ。

 セックス、だけじゃなく、他人と何かをやることを、「嫌いじゃない」とふたたびおれが思うようになったのは、ユースタス屋が原因じゃないかと思う。大好きな人を失った場所で、おれは他人と育む何かの存在を忘れた。けれど、ユースタス屋は、またそれを育てようとした。じめじめした、いいところを探すのに骨が折れるくらいの安宿の、安っぽいベッドの下のような環境で、ユースタス屋は花を育てた。
 しぶとい花だった。いまでもおれの中で咲いている。根を張り、我が物顔で生きる、大してきれいでもない花だが、ユースタス屋はそれに水をやる。おれも、水をやってやってもいいか、と思ってしまったりする。
 
 激しい一回目、長くてねちっこい二回目、キスが多い三回目、ほとんど抱きしめているだけであまり動かない四回目と、さてもう寝るか、残りの体力振り絞れ、の五回目。それが終わると、ユースタス屋は満足したように、おれを片腕で引き寄せて、目を閉じた。ベッドは、上に乗って暴れまわった後のような状態になっていて、シーツはぐちゃぐちゃ、布団は落下している。ユースタス屋の体はゴツくてデカくて重いが、体温がちょうどいい。額をユースタス屋の胸に押し付けて眠ると、なんとなく、頭の中にダブる光景があった。

 小さいとき、おれはここと似たような宿に泊まって、おれの好きな人に、抱きしめられて眠った。頭を撫でてもらって、おやすみのキスをしてもらった。後にも先にも、おやすみのキスはあれが最後だった。
 起きると必ずベッドの上は台風が通り過ぎたみたいな惨状になっていた。あの人は寝相が悪くて、そのくせおれがベッドから落ちたことはない。それを、ふと思い出して、どこも似たような宿屋だが、ここが一番似ているなとぼんやり思った。
「トラファルガー」
 じろ、と眠そうな目を開けて、まだ寝てねェのかよ、とユースタス屋が身じろぎする。ふか、とおれの髪にくちびるをうずめて、ちゅう、と柔らかいくちびるが当たった。
「早く寝やがれ」
 
 愛は繰り返す。ふと、そう思った。おれたちはヤマアラシで、うわばみで、そして海賊だが、おれたちは同じ花に水をやっている。一度は枯れてしまった、ノルウェーヘッジホッグと違って咲きにくい花だ。
 おれたちは繰り返す。互いの針に注意しながら、それでも、おれたちは触れようとする。