嘔吐短篇①

 

神が私を愛していたとき // 夏油傑

 
 いつも不思議に思うのだが、吐き気に負けて吐瀉物をぶちまけているとき、絶対に涙が出る。涙が出る、というより、なぜかシクシク泣いているのだ。悪いことをしたような気持ちになって、メソメソしてしまう。とてつもない不幸に今自分が見舞われている気がして、さめざめと泣いてしまうのだ。
 便所の床にうずくまって、便器に頭を突っ込んでゲーゲーやりながらそんなことを考えているのはとても滑稽なことである。一方では、吐き気に抗えずにシクシク泣きながら胃の中のものをそっくり返している自分がいるのに、その一方で、「なんでゲボ吐いてる時って涙が出るんだろうな」と他人ごとみたいに考えている冷静な自分がいる。不思議なことである。
 夏油傑が小さい頃は、大風邪を引いて熱を出し、エーンエーンと泣きながら、お母さんに背中をさすってもらって、お風呂用のタライにゲーゲーやっていたものだった。だがもう、背中をさすってくれるお母さんはどこにもいない。自分がこの手で殺してしまったのだ。
 思えば、夏油はこうして出奔する前、両親を手にかけた時も吐いていた。自分の意思で起こした殺人で吐くなんて未熟にも程があったが、メソメソ泣きながら、トイレに向かってゲーゲー吐いていた自分は、あの時だけは、実家でぬくぬくと家族に愛されて育った小さな頃の自分に戻っていたように思う。実家で便座に頭を突っ込んで吐くゲロは非常にノスタルジックなのだった。
 
 胃が空っぽになるまで吐いて、空っぽになった胃の中を、たっぷりの水で塞いだ。夏油はしばらく便所にこもったまま床にぺたんと尻餅をついて放心していた。ゲロを吐くにも体力が必要だ。ただ、吐き切ると妙に爽快で、さっきまで泣いていたくせに、ものすごく晴れやかで喜ばしい気分になっていた。
 よろめきつつ、立ち上がる。もうそろそろ元気になってきた。吐いている間は、この世界でいま一番可哀想なのは私、くらいにまで思っていたが、もうすっかりケロッとしている。夏油はトイレの個室を出て、隣にある洗面所へ向かった。まだ不愉快な感じが残る口元をすすいで、シンクに向かって流れていく蛇口の水に、頭から突っ込んだ。
 夏油は昔からよく吐いた。夏油には吐くチャンスが常にたくさんあったのだ。彼が呪術高専に見初められた力は、胃の中に不純物を蓄えることと、最悪の味に耐えることが必須のルーティンとして組み込まれていて、慣れてしまうと吐き戻す回数はぐんと減ったが、学生の頃は腹に呪霊を溜めるたびに吐いていた。今となっては、あの嫌な味にも麻痺してしまった。呪霊を食い蓄えるための「味」にはすっかり慣れてしまって、吐くほど辛いということはもうなくなった。
 しかし、やっと「吐く」辛さから逃れられると思ったのに、夏油は次なる吐き気と戦う羽目になっていた。最初にその兆候が出たのは、まだ幼かった美々子と奈々子を連れて逃げている駆け出し呪詛師だった頃だ。金のために、金になる仕事を受けた。殺しも盗みもなんでもやったが、一番キツかったのは自分という人間自体を売ることだ。金持ちの女のマンコを舐めているときの吐き気といったら言葉に言い表しようがない。非術師という下等生物とセックスするのは、夏油にとって最も耐え難い汚れだった。
 ……夏油様? 大丈夫?
 ……夏油様、お腹痛いの?
 金を稼いで帰ってきた夏油が便所に頭を突っ込んで吐くたびに、双子は泣き出しそうにして、手を繋いで見守っていた。どうしていいか分からない彼女らに、夏油はシクシク泣きながら笑っていた。大丈夫大丈夫。酔っ払っただけだよ……。双子たちは、笑っている夏油の代わりに手を繋いでシクシク泣いていた。ゲボを吐くと絶対に涙が流れる。不思議なものである。
 猿と関わりすぎたことによる嫌悪感からくる吐き気は、下積みをとうに終わって、今となっては「立派な」呪詛師になった夏油傑を、今でも長く苦しめていた。勝手に体が麻痺してくれるだろうと思っていたのに、そう簡単にはいかなかった。現に教祖として順調に地位を築き、大規模教団の長となった今でも、この吐き気は夏油と密接に手を繋いだままだった。
 しとどに濡れた髪を拭く。本当は体をもう一度清めたいが、今夜はそんな気力がなかった。触れたばかりの「猿」の感触がまだ手に残っている。夏油が非術師に触れることで感じる強烈な拒絶感は、麻痺するどころか、年々酷くなっていた。現に、すでに吐き気を自分ではコントロールできないまでになっている。誰にも打ち明けていないが、自覚はあった。汚いものへの生理的な嫌悪感が、年を重ねるごとに成熟しつつあるのだ。
 
 神の手を離れたからだろうか。
 夏油は吐くたびに、しつこくこの考えが浮かんでくることを、苛立ちつつも受け入れていた。数万人もの信者を抱える組織の頂点に立つ人間が、便器の前にへたりこんで泣きながらゲロしているなんて、見られたものではない光景だ。でも、こうやっているといつも学生の頃の記憶が蘇る。自分で捨てて、自分で離れていった眩しい青春時代の追憶だ。自ら捨てたのだから、過去に戻りたいなんて絶対に考えてはいけない、と自分に課していたし、幸い、夏油は過去を慈しむことはあれど、現在の選択を後悔したことはない。だが、記憶を引っ張り出して、郷愁に浸ることくらい許されていいはずだと、夏油は自分の青春時代に甘えた。
 
 あの頃、夏油には神がついていた。神が夏油の味方だった。神が夏油を愛してくれていた。
 
 暗い自室で、とるものもとりあえず、吐き気に耐えきれず便器に突っ伏していた夏油は、不意に隣にしゃがみ込んだ男の気配でビクッと肩を上げた。部屋に入っていた人間の気配にさえ気づかないほど疲弊していたのか、それとも、相手がとても上手に気配を殺していたのか、どちらが正しいか分からない。もしかしたらどちらも正しいのかもしれない。コンビニのビニール袋を下げた、素足の「神」が、Tシャツの喉元にまでゲロを飛ばした夏油のそばで微笑んでいた。
 あの頃、ビニール袋は無料でもらえた。今のように、一枚三円も五円も取られずに、何にも言わずに店員はビニール袋へポカリスエットやゼリーの類を詰め込んで渡してくれたのだ。それに、あの頃は、セルフレジなんてものは存在していなかった。
 床に置かれたポカリスエットのペットボトルが、ぼんやりともったトイレの電球から光を受けてキラキラ光っている。無茶苦茶吐いてんじゃん、と「神」は言って、夏油に三巻きほどのトイレットペーパーを渡してきた。ぶちまけた吐瀉物が水流と共に流れていく。「神」は夏油のそばにしゃがんで、
「ほら、もっともっとゲロ吐け」
 と言って、背中をぐるぐる円状に撫でさすった。
 
 神は人間として生まれ、五条悟という名前を付けられて、翼を忘れて地上に降りてきた。彼が空から生まれてきたから、彼は空色の目と、雲の色の真っ白い髪を持っていた。天上人であるせいだろうか、下界のものに払う礼儀は知らず、口が悪く、傲岸だった。
 そして、「神」は夏油の親友だった。
 ゲロの合間に「ありがとう」と「悪いね」を挟みながら、夏油は何も出なくなるまで吐きに吐いて、吐きまくった。五条の手がぐるぐる背中をさすっているのが気持ちよかった。あまりの夏油の吐きっぷりに、五条は「やっべもらいゲロしそう」とぼやいていた。
 スッキリ爽快な気持ちになった夏油は、たっぷり胃の中にポカリスエットの甘い香りを注ぎ込んで、さっきまで最悪の「味」と嫌悪感で吐いていた男と思えぬほど元気になっていた。
「吐きまくったらお腹減ったよ」
「なんか食えば? 冷蔵庫は?」
「空っぽだよ。買い出しサボってたからね……。ペヤングはあるけど激辛だな」
「おっ、俺それ食お」
「私の備蓄なんだけど」
「俺の部屋にあるハリボーのバケツやるから」
「いらないな」
 まだ口の中に嫌な味が残っている。けれど、その味のことを、そして自分がしょっちゅう吐いてしまう原因について、結局五条に打ち明けたことはなかった。話していたら何かが変わっていたのだろうか? だが、あの頃、夏油も五条も若かった。だからこそ輝いていたのだ。自分たちが世界で一番強いのだと、お互いに信じていることが幸福だったのだ。
 
 あの頃、夏油には「神」がそばにいた。
 神はいつでも夏油の背中をさすってくれていた。
 いま、神は夏油のそばにいない。夏油は一人で吐く。けれどそれを後悔してはいけない。神が夏油を捨てたのではない。夏油が神の手を離してしまったのだから。
 背中をぐるぐるとさする、手の感触を思い出そうとしても、そこには何の気配もない。夏油はずいぶん遠くまで来てしまった。もう神の手さえ届かなかった。
 
 
 〈了〉
 
 
 
 

好き嫌いのない悪魔  // 五条悟

 
 下界は魔界である。しかし、魅力的だ。
 五条家という隔絶された山奥の聖域から放出されて、愛され伸び伸び育ったわがまま放題の坊ちゃんは、庶民の中に投げ込まれた。好奇心で爆発しそうな五条悟の目に、あらゆるものが真新しかったのは仕方があるまい。誰も彼を責めることはできない。五条には知らないもの、知らないことがたくさんあり、そして、知らないことの全てを知ることができる力もあった。
 下界に山ほどある魅力的な誘惑の一つに、「食べ物」が挙げられる。広大な敷地と莫大な資産を持つ五条家の嫡男として溺愛され育てられた五条にとって、知らない食べ物があるなんて信じられないことだったが、五条は下界の庶民が食べる、安くて手軽でハイカロリーな食べ物のほとんど全てを食べたことがなかった。それも当然である。彼はもっと高品質で、栄養価が高く、もっと体に良いものを厳選されて与えられてきたのだから、貧乏人が手っ取り早くカロリーを摂取するための人工甘味料・調味料がふんだんにぶち込まれた不健康フードなんて食べる必要はないのである。けれど、五条にはそれがたまらない魅力に思えた。
 
 五条悟に下界の庶民フードを教えたのは、彼の唯一無二の親友、夏油傑であった。やつは例えるならば五条に罪の味を覚えさせた青銅の蛇であり、サタンの化身である。だが、夏油が差し出したのはリンゴの身ではなかった。夏油が最初に、何にも知らない五条に差し出したのは、深夜三時に食う「魔改造コンビニ飯」だった。
 任務に次ぐ任務の終わり、真夜中三時にはコンビニ以外に空いている店など皆無である。二十四時間営業が当たり前になった時代に感謝せねばなるまい、と二人で入ったコンビニで、夏油はコンビニオリジナルブランドの坦々麺と、レンチンで完成する豚の角煮を買った。五条は何を買っていいか分からず(何しろまだ二度目のコンビニだったので)、ガラスケースの中で蒸されている肉まんを見て、あれ何ッ、と五歳児ばりに喜んだ。
「肉まんでいいの? それだけでお腹膨れるか?」
「オマエが持ってンのは何」
「ん? 坦々麺と角煮。魔改造コンビニ飯しようかと思って」
「何それ⁉︎」
 魔改造、と聞いて五条の好奇心がくすぐられないはずがない。オマエと同じの食う、肉まんも食う、と五条が主張すると、夏油は「はいはい分かったよ」とお母さんみたいな表情で、坦々麺二つ、角煮二つ、肉まん二つ、そして仕上げに「さけるチーズ」なる謎の商品も二つ、手に取った。
 寮の宿舎には彼らそれぞれの個室があったが、まだ入寮して数ヶ月しか経っていないのに、すでに彼らの個室はお互いに自由に行き来しすぎて、彼らの境界がなくなった部屋になっていた。お互いのものがお互いの部屋に散らばっていて、どっちがどっちのものか分からなくなると、元は誰のかも気にせずにめいめい勝手に使うようになっていた。現に今も、着替えた五条は夏油のTシャツを着ている。サイズが大きいので間違いなかった。五条もずいぶんパンプアップしてきたと思うが、それでも足りないくらい夏油はむくむく筋肉をつけて大きくなっていた。
「ご飯しっかり食べないと、代謝高すぎてだんだん痩せていっちゃうんだ、私。たくさん食べないと消えてしまうかも」
 夏油はそんなことを言っているが、このムキムキの男がどうやったら消えるのか、五条にはさっぱり想像がつかない。夏油の部屋で夏油のTシャツを来て、勝手にベッドに寝っ転がって先週のジャンプを読んでいる。夏油は台所で「魔改造」の真っ只中だった。
 坦々麺に湯が注がれ、レンジが温め完了の音を鳴らすと、部屋にジャンクな匂いが漂い始める。体を作っている夏油は普段ゆで卵と鶏肉ばっかり食っているが、たまにはこういうハイカロリーな「ヤバい飯」をガツンと食った。夏油がどんな調理を施すのか見たくて、五条は匂いがしてくるとジャンプを投げ捨てて立ち上がり、キッチンに立つ夏油の背後にピッタリ引っ付いた。
「邪魔、悟」
「だって見てーもん。何すんの?」
「まあ見てな」
 夏油の「まあ見てな」は魔法の言葉だ。いつもこの後に、五条の未知の世界を開いてくれる。坦々麺が出来上がるまでの三分間を待つうちに、夏油はまだほくほくの湯気を出している肉まんを、躊躇なく二つに割った。あれっ割んの? と疑問の言葉が出る前に、夏油は横に剥かれていた「さけるチーズ」を真っ二つにへし折った。
「ま、まさか……」
「ああ。その〈まさか〉だ」
 夏油の微笑みは悪魔のそれである。しかるべきところでは夏油傑というと堕落の象徴とされているだろう。夏油は肉まんの中にさけるチーズを捩じ込んだ。そして、レンチンが終わった角煮と入れ替わりに、さけるチーズを捩じ込まれてもう一度くっつけられた肉まんを二つ、温めの刑に処したのである。
「お、オマエ待てよ、その角煮もしかして……」
「察しがいいな悟。そろそろ三分経つね」
 三分間、蒸されたカップ麺はなんとも言えない人工的なジャンク臭が漂った。夏油は蓋を全てとっぱらった二つの坦々麺の上に、レンチンした角煮を一人一袋……それはもう、麺が見えなくなる量で、カップから溢れ出しそうになった……、豪快に注ぎ込んだ。てらてらと、胃もたれしそうな豚の脂身が、赤い坦々麺のスープを跳ね飛ばしながら中へ沈んでいく。ありえない光景だった。実家の者が見たら卒倒しているだろう。
 ちょうどよく、肉まんの温めも完了だ。中には更にほくほくになった肉まんが鎮座していて、ふかふかの白い生地を分断する裂け目から、すでにチーズがとろけ出している。これを毎日食ったら確実に寿命を早めて死ねるだろう。
「や、やべーじゃん、これ……」
「そうだろう? トぶよ」
「絶対何らかの罪に問われるって、こんなの」
 深夜三時の「ヤバい飯」はなぜあんなにキマるのだろう。不健康な時間に不健康なものを食べるほど、興奮度が高い気がする。床に置かれた足の短いテーブルを囲んで、地べたに座る。夏油はベッドからクッションを一つとって五条に投げ寄越してくれた。
「いただきます」
「いただきます」
 二人同時に粛々と食べ始めたそれは、人体を破壊する威力のカロリーを内包していた。夏油は腹ペコの飢餓状態を脱したことで嬉しそうにペロリと完食してしまったが、五条は全部食いきったところで早くも体に異変が起きた。
「な、なんか気持ち悪ィ、かも……」
「本当? 食い過ぎじゃない?」
 同じものを食ったオマエが言うのかよ、と反論する気力もない。夏油が水を入れてくれたが、それでも胸を迫り上がるような吐き気はよくならなかった。五条悟にとって、これが生まれて初めての「吐き気」である。サナトリウムさながらの、無菌で高貴な空気だけ吸って生きてきた五条には、病気や怪我の経験もなく、「吐き気」なんてものと向き合うのは初めてだったのだ。
「胃もたれしたんだな、多分」
「うぐぐぐ……」
「ベッドに横んなっときな」
「……いや……ゲロ吐きたい……手っ取り早く楽になりたい……」
「えー、ゲロ出そう?」
「わかんねえ……」
 青い顔で震えている五条を不憫に思ったか、それとも高貴な胃袋の坊ちゃんを憐れんだか。夏油は「仕方ないなあ、ゲロ吐きに行くよ」と五条の体を支えて立たせた。吐き気と闘いながら、慎重にトイレに向かう。便器の前に跪いたことなどなかった五条にとって、それだけで十分だ。なぜ、吐き気がするとき、便座の前に座り込んだだけで、一気に吐き気が促進されるのだろうか? 不浄の場所の前だと、体が不快感を勝手に抱くのかもしれない。
 うおええっ、とはじまると、もう一気に濁流だった。さっき食べたものも含め、胃に残っていたものは全て口から戻ってきた。ゲロを吐いている時はなぜだか悲しい気持ちになる、ということも、五条坊ちゃんは新しく学んだ。わけもなく悲しくなって、五条はメソメソ泣いていた。夏油はそんな彼の背中をゆっくりさすりながら、「うわーもらいゲロしそう」とぼやいていた。
 
 蛇に唆されて初めて食べた「魔改造コンビニ飯」の味は、五条にとって忘れられない記憶の一つになった。確かに胃もたれして吐いてしまったけれど、不味かったわけではない。深夜三時に親友と食べた、他の何とも比べられない味だ。はじめての「魔改造コンビニ飯」は五条の胃を驚かせてしまったが、その後、下界の食べ物に慣れてきた五条は、夏油の誘惑に乗って、チーズをかけた牛丼、目玉焼きと大量のソーセージを白米に乗せたもの、塩を強めにふりかけて炒めたホルモンを白米に乗せて焼肉のタレをふりかけたもの……とかく胃をぶち壊しそうな「明日死ねる飯」を夏油と共に食べた。常人なら三日も続けば確実に太ることができる飯を、彼らほど日々消耗していると、食べても食べてもケロッとしていた。
 深夜三時になるといつも思い出す。
 五条悟は、永遠に彼のところを去ってしまったあの魅力的なサタンについて、思い出さないように心がけているのに、明け方が来る前にコンビニに寄って、今となっては一枚三円もかかるようになったレジ袋と一緒に商品を受け取ると、思い出さずにはいられなくなった。袋の中身は肉まんとさけるチーズ。角煮坦々麺はあまりに量が多くて滅多に食べないが、チーズ肉まんは今でも五条のお気に入りだ。肉まんとさけるチーズを二つに割って、そいつらを違法に合体させる。
 一人の部屋に、チーン、とレンジの音が鳴る。ほくほくの肉まんを、五条は立ったまま食べた。電気も付いていない暗い部屋には、五条悟一人のものだけが置かれていて、五条はたまに、かつて自分の部屋を占領していた、読みかけのジャンプ、ゆらゆら帝国のライブTシャツ、脱ぎ捨てられたズボン、食べかけの焼きそばのカップを、思い出す。
 
 悪魔は去った。だが、いっそう忘れられなくなった。
 
 
 〈了〉