次の青春はどこに

※アダルトショップのお兄さん夏油×アナルデビュー五条くん
※どっちも大人で離反回避、夏油は記憶なし
※両片思いでどっちもクソでか感情抱いているのにお互い行き違ってアンジャってる(※アンジャッシュのコントみたいになっている、の意)夏五
※何も考えずに読んでほしい現パロとイフ時空のはざまみたいな謎の話です

〈書くのが面倒だったからざっくり省いた前提〉
 離反回避した結果のあれこれで副作用的に記憶が吹き飛んでしまい、結局高校中退後にアダルトショップの店長になってる夏油をからかいがてら、記憶なくなった親友に会いにいっていた五条は、全く五条のことを忘れている親友の強いススメで「ケツアナ開発」の道に進むことになり…?
 いつかちゃんと経緯も含めて書きたいけど途中で飽きてしまい一生出来上がりそうにない話の導入〜えっちまで供養

 01.次の青春はどこに

 アダルトショップっていうのはもっと、街のゴミゴミした暗い路地の地下なんかに入口があって、もっと汚い雑居ビルに入っているものと思っていた。五条悟は「本当にここであってる?」という気持ちで一度左右を確認する。確かにビル内の一番奥、ちょっと探さないと見つからないような場所にはあるものの、ここは正真正銘、都会のど真ん中にある商業施設のビルの中だった。
 ピンク色の目隠しが入口を覆っているのは、アダルトショップっぽくはある。五条の足首あたりまである長い目隠しだ。見慣れた十八禁マークとはちょっとデザインの異なる、淡いパステルピンクにトーンダウンされた立ち入り禁止のマークが、五条をやんわり咎めているようだった。
 平日の昼間ということもあり、ビル内は閑散としていて、人がいるのは中央部分のレディーズアパレルばかりだった。メンズフロアのさらに奥、スタッフオンリーの扉が目の前にあるデットスペースだ。目的意識を持って探さないと目につかないほど入口はさりげない。とはいえ、ピカピカの白い床に、吹き抜けの中央部からかすかに女物のフレグランスショップからのいい香りがする場所がアダルトショップだなんて、にわかには信じがたかった。
 最近のアダルトショップっていうのは進化を遂げているのだな。五条はそもそもこういう店に入ること自体が初めてだったが、イメージと全然違う風態に、やや拍子抜けしてしまう。こんなところにあの胡散臭い男がいるのか、と思うと驚きだった。

 夏油傑はおよそ五年前、十七歳の時に呪術高専を放校になった。
 除籍処分となるのは死ぬ時だ、とさえ言われている高専において、生きたままの中退者は珍しい。その上、呪詛師になって出ていったというならまだしも、夏油傑は呪詛師にもならなかった。彼が学生の頃起こしたある事件の後始末のせいで、夏油傑が全ての「処分」を受け終わって再び五条悟の前に現れた時、彼は五条とのあらゆる青春の記憶を失っていて、中学までの思い出しか有していなかった。その上、彼はその有り余る呪力、呪術師としての才能を全て奪われていた。多少は霊的なものを感知する力はあるかもしれないが、夏油傑がもはや完全に力を失った一人の青年でしかなくなっていた。
 高専は一定期間、夏油の身辺警護を密かに行った上で、彼が呪術師の卵であったことが人々の記憶から薄れ始めた時、ようやく彼を自由の身にした。と言って、夏油自身は、自分が何かヘマをやって高校を除籍になったらしい、ということしか覚えておらず、両親に申し訳ないので、という理由で、自分が警護されているとも知らずに「一般人」を謳歌した。高校除籍の際に、恩赦として彼に支払われた「学内活動の結果の報酬」は、高校中退の夏油が一人で東京で暮らすに十分な蓄えとなり、夏油はいろいろな職を転々とした。高専が夏油を警護していたのは約一年。その後は五条が個人的に彼を見守った。夏油がどういう仕事について、何をやってきたか、五条だけは全部知っている。その気になれば、鍛え方次第で夏油は元の力を取り戻せる。五条は自分の権限で物事が好きに動かせるようになるまでは、大人しく上のいうことを聞いて、また再び親友が隣に並び立ってくれるよう、ただ今は彼の無事を見守るしかなかった。
 そんな五条だから、夏油の心境の変化までは、残念ながら全て慮ることはできない。この前まで都内の小さな繊維商社で営業をやっていたのに、今度は人に誘われて飲食店の企画立案の仕事に関わったと思えば、夏油がたまに顔を出していた飲み屋で知り合った若い男に乞い願われて、彼が開いた水タバコカフェの二号店の出店に関わり、一時期そこの店長もやっていた。店が軌道に乗った後、突然夏油は歌舞伎町にある出版社に入った。そこではホストクラブやキャバクラといった夜の店を中心にした情報誌の編集に関わって、そこで知り合った人間に紹介されて、今、彼はアダルトグッズショップの新規出店と、その店舗の経営に関わっている。
 目まぐるしい夏油の放蕩に、五条は「ちょっと落ち着いてどっかに根を張れよ」と口出ししたい気持ちをグッと堪えて、然るべき、接触の時までじっと黙って彼を見つめていた。五年の間に夏油は社会の面から裏までを舐め尽くしたと言っていい。まるで自分が「いったい本来は何者であったのか」を探しているように見えるほど、夏油は少しでも「違う」と思うと仕事を移り、ある程度成功しても、未練なくキャリアを捨てて新しいことをした。
 人たらしの夏油らしく、彼は社会にたった一人で放り出されても、人を巻き込み、人に好かれて上手くやっていた。高校から夏油が去って五年だ。まだ五条が夏油を諦めていないことを知っているのは、五条と共に教師をやっている数人のみで、五条はうまくここまで隠して立ち回ってきた。五年も接触を我慢したのも、五条の大いなる目的のためだった。

 ずっと夏油を見てきたといっても、やはり緊張する。ぺろ、と指先でピンク色ののれん型の目隠しをめくり、中を除いた。白で統一された店内は、「香水ショップです」と説明されても遜色ないほど小洒落ていて、だが、棚一列にずらっと並んだ新作TENGAが、紛れもなくここがアダルトショップであると告げていた。
「どうぞ」
 こわごわ、中に入った五条に声がかけられた。柔らかい男の声だ。店内には彼一人だった。昼間の閑散とした時間帯だからかもしれない。女性一人の客が入ってきやすいように、一人は女性店員を置くようにしていることは、事前の調べで知っていた。
「……ども〜……」
 気まずげに入ってくる客など珍しくないのだろう。五条は小さく返事をして、五年ぶりに再会する親友に、うる、と目の奥が潤むのを感じていた。傑、と呼びたい。でも無理だ。驚かせて遠ざけられてはことだった。あくまで自分は客として、知らないふりをして彼に近づくしかない。記憶というものの前に、いくら六眼の術式使いでも、最強だと称えられても、俺ってなんて無力なんだろう、と思った。
 夏油傑は、学生の時よりずいぶん髪が伸びていた。伸ばした髪をハーフアップに結んで、ショップのロゴが入った淡いミルク色のエプロンをつけている。服は普段着のようだが、水タバコカフェで働いていた時は、ゆったりしたサルエルに、IN THIS MOMENTのバンドTシャツを着ていたくせに、夏油は場所が変わると装いまでガラッと変える。今は、木漏れ日たっぷりのカフェでくるみのスコーンとタンポポ茶を出しています、と説明されても疑わないような、優しいアイボリーのゆったりしたズボンに、白無地のTシャツを着ていた。かろうじて、彼の肌から香ってくるディプティックだけが、夏油が変わっていないことを示していた。
 五条は、夏油のことを目の端で伺いながら、ウロウロと店内をうろつく。夏油と楽しい青春を日々を送っていた頃、彼らは真っ当な高校生だったし、確かに女の子にはよくモテたが、女の子と遊ぶよりも、命を削って戦う合間は、二人で楽しいことを突き詰めたい一心で、マリカー対戦だの、カラオケオールだの、スポッチャで体力尽きるまで勝負だの、いかにも高校生男子ですッという遊びしかしてこなかったのだ。

 夏油はとても大人になった。そう思う。
 夏油のことならなんでも知っている。夏油は十八歳でついた最初の仕事で知り合った女性とセックスしてから、機会があれば女の人と寝た。年上の人が多かったが、それは夏油がセックスに慣れていない間だけだった。流石に未成年に手を出すような男ではなかったが、同世代も、もっと上とも、五条が知る限りは、だが、誘われれば応じていたし、食指が動けば自ら狩りに出向いた。セックスを知った夏油は大人の男としての色っぽいオーラを纏っていたし、女に対しても、男に対しても、接し方がとても穏やかになった、と思う。跳ねっ返りのガキ臭さが削ぎ落とされていた。
 夏油が女の人を知った時、五条は不思議と寂しかった。仲良しの相棒が自分を置いていった、というふうに感じたのだろうか。自分の感情がよくわからない、というのはこの時が初めてで、五条はとても動揺したし、驚きもした。親友が女と関係してから、五条はいよいよ自分の「男」としての役割を考えさせられるようになった。
 二十を少し過ぎたばかりの五条だが、拒否し続けていた家の問題を、ついに直視するべき時がきたのだろうか、と痛感させられた。五条のそばにはいつでも夏油がいて、だからこそ、高校生の頃は、「家」というどうにもならない問題から目を逸らして楽しくやれていたのだ。その夏油を失った今、「見合い写真で一番可愛い子選んでさっさと中出ししてやりな」なんて笑ってからかってくれる相手はいない。結婚も、子供も、後継も、血脈も、何も考えられない。今はまだ。……だから、余計に切なかった。勝手に一人で大人になって、勝手に五条を忘れてしまった相棒のことを、憎らしくまで思った。
 接触はもっと先にするつもりだったのに、もう五条には限界だった。ただの友達になってくれるだけでいい。過去を思い出してくれなくていいんだ。五条は夏油と話したい、それだけの気持ちで、予定よりずっと早く、夏油と接触することを決断した。

 深い思索に陥っていたせいで、五条は自分が今、どこにいるのかをすっかり忘れてしまっていた。
「あの、……気になりますか? よければ説明しますが」
 突然、よく知っている声にそう話しかけられて、五条はドキッと肩を跳ねさせた。じっと思い悩んでいる様子に見えたのだろう。五条の隣に夏油が立っている。五条はハッとして自分の前を見た。彼の前の棚には、ずらりと、可愛い手描きの文字で「痛くない♡初めてさんにも安心、アナルグッズ♡」と書かれたポップと、アナル開発用のシリコングッズが並んでいた。
「え! あ! いや! ……だ、大丈夫」
「ああ、気兼ねなく相談してくださいね。この店は初めてですか?」
「あ、うん、……初めて、です」
「対面店舗だと緊張しますよね。大丈夫大丈夫、割とプレーの相談とか受けることもあるし、たいていなんでもご相談いただいていいですよ。彼女さんと使うなら、お相手と一緒にくるのもありです。初めてだと怖い、っていう方も多いけど、実物見て選ぶと意外と好奇心湧いてきたりするので……」
「あ、え、か、彼女、とかでは……」
「あ。そうなんですか?」
 しん、と不自然な間が空いた。夏油は、目の前にいるのがかつての親友だということなんてすっかり忘れてしまって(なんてひどいやつだろう!)、敬語なんか使ってくる。夏油に敬語を使われるとむず痒かった。夏油は夏油で、社会に出て五年のうちに培った、流暢な営業向け敬語を使いこなして、どことなく鼻についた。
 夏油はどうやら、「彼女と使うわけではない」=「自分で使うつもり」というふうに脳内変換したようで、ちょっと口ごもる様子を見せたが、すぐにっこり笑いを浮かべてフォローした。ああ、結構いますよ。気持ちいいみたいですよね。それこそ、初めてだと怖いですよね。男女とも使用感は変わらないと思うし、これなんか男女兼用ですし、シリコン製でそこまで大きくないから安心なんじゃないかな……。五条が口を開けたまま真っ赤になって固まっている間に、夏油はスラスラ商品の説明をし、気づけば五条は両手に抱えるほどのアナル開発グッズを持っていた。エネマグラ、洗浄用シリコンポンプ、つぶつぶアナルスティック、シリコンロングディルド……。「あ」とか「え」とか口籠もっている間に、五条はなぜか夏油の商品説明にうんうんうなづくだけの機械となり、最終的には「全部買います…………」と発していた。我ながら夏油という男の押しに弱すぎる。渡された、尻穴開発用グッズでいっぱいになった紙袋を持って、五条はいつの間にか買い物客の波に流されて、表参道のど真ん中をふらふら歩いていたのだった。
 あの日、五条悟の運命が変わった。五条家の明暗を背負って、女に子種汁を仕込むはずだった五条家当主は、その晩から自分の尻の穴を縦割れマンコにすることにのみ注力することとなり、五条は、親友だった男の名を呼びながら、尻にぶっといシリコンディルドを入れて、床に吸着させたそれへ激しく腰を振って媚びてしまう体になってしまったのだった。

 02.謎めいたあの人

 初めて会った時の印象は、「どえらい美人だな」という一点のみだ。それ以外の感想が吹き飛ぶほどに、その男は目が覚めるほどの美形だったのだ。染めているのかなんなのか、繊細な、淡いブルーにも見える銀髪の、背の高い目立つ男で、色付きのサングラスをかけていたから目元の印象は薄いはずなのに、俯いて商品を選ぶ目の色が、息を呑むほど美しかったのを覚えている。
 最初に店に来た時の初々しさを、いまだに思い出すくらいだ。夏油傑は我ながら、自分のことを「面食い」だと思っている。これまで関係してきた女性たちも、皆そこそこのレベルだったとも思う。だが、街を行く可愛い子、これまでなら目を止めていたであろう美人な女たちを差し置いて、突然店に現れた「とんでもない美形」が一気に彼女らを抜き去ってしまった。もはや、五条悟と出会った後の夏油の世界は、顔のデッサンが狂った猿どもの惑星だった。
 彼が男として生まれたのは、この世にこんな美人が女として生まれてしまったら、世界の雄の均衡が崩れ去ってしまうと神が危惧したせいではないかと思うくらい、男であることが信じられないほどの美人だ。だが所作が女っぽいといか、そういうことは全くない。初来店の時は、アナルグッズに興味がある(らしい)ことがバレてあたふたし、赤面してさっさと店を出てしまったが、あの反応がウブで、イケメンなのに遊び慣れていないのかな、と夏油の記憶から離れなくなった。夏油は人生で初めて、誰か一人を忘れられなくなるという経験をし、その上、その晩自宅でその男をオカズに抜いた。全く面識のない、しかも男が相手だったが、開発し慣れていないアナルに自分のチンポを根元まで叩き込んで、自分より背の高い男の腰を掴んでガツガツ腰を振っている妄想だけでかなり気合いの入ったオナニーができた。いっそ清々しいほどに戸惑いも葛藤もなく、その事実に一番驚いたくらいである。
 だが、問題は相手が、ただ店に来ただけの客の一人、という点である。以前働いていた水タバコカフェなら、シーシャを好む人間の層の狭さも相まって、常連客が多く客の名前を覚えることも少なくなかったので、今のような、たとえ常連でも大して関係の深まらない小売店というのは関係構築がとても難しい。もう二度と会えないのだろうか、そんなの気が狂いそうだ。一体どこの誰なのかだけでも聞いておけばよかった、でもポイントカード作っていったしな、と、夏油には珍しくグルグル悩んで、ポイントカードを作成した際に聞いた「五条悟」という彼の名前だけは決して忘れなかった。
 五条悟。
 また来てくれますように、という強い願いが届いたのだろうか? 彼が再び店にやってきたのは、最初に来店してから一ヵ月後のことだった。
 最初にきた時のように、モジモジ照れ臭そうに、入口の目隠しを分け入ってきた姿に、夏油は思わず接客の手を止めたくらいだった。常連のカップルがひと組きていたが、幸いほぼ話も終わっていたので、とっととそっちを社員の女の子に任せ、挨拶もそこそこに五条の方に歩み寄った。
「また来てくれた」
 つい、口からそんな言葉が飛び出して、夏油はかなり後悔した。一ヶ月前にたった一回来ただけの客を覚えているのは流石にキモすぎる、と反省したのだ。だが、五条は特に何も思わなかったようで、「え、覚えてくれてんの」と驚いていた。
「ああ、……だって、すごく印象的だったので」
「え? ほんと? 僕が?」
「いや……。言われませんか? お兄さん、すごくイケメンでしょう」
 名前もバッチリ覚えていたが、「お兄さん」とぼかす。五条は照れたように後ろ頭をかいて、「そんなことないよ」と謙遜した。こんな、この世の全てをほしいままにするレベルのイケメンが、アナル開発にハマっているなんて、考えるだけでムスコが暴れ出しそうだった。思い返せば昔から、禁断の関係とか、人妻と内緒でセックスとか、人がいるところでバレないように、みたいなシチュエーションが好きだったのだ。秘められた何かに弱いのかもしれない。改めてこんなところで自分の性癖について理解を深めることになるとは思わなかった。
「……使えましたか? 前の」
 思い切って、夏油は踏み込んで訪ねてみた。リピート来店、ということは前回のグッズが良かったからなのだろうが、確認せずにはいられなかった。それに、ここはアダルトグッズショップだ。カップルで来店して夜の性事情を赤裸々に語ったり、自分の隠れた性癖を暴露していく客もいるくらいなので、この程度のシモの話題は珍しくはない。
 五条は照れたように微笑んで、
「う、うん……。まあね」
 と言った。その反応に、場所がここでなければ、夏油は心臓を素手で握り込まれたくらいの衝撃を感じ、うめいて崩れ落ちていただろう。
「もし、……他におすすめとかあったら、なんか別のも買おうかな、って……」
 口ごもり、頬を染めつつそう打ち明ける五条に、夏油は反射的に「抱かせてくれ」と叫ばないよう細心の注意を払い、客に向ける用の微笑みを浮かべる。犯罪者のようなツラになっていなければいいが、と自分の顔面筋に賭けた。どうやらアナル開発を気に入ったらしい五条に、さりげない誘導尋問で、ぎりぎり性犯罪者と罵られないくらいの程度の質問を浴びせる。洗浄はうまくできたか? スティックの細さはちょうど良かったか? シリコンは肌に合ったか? ……五条は照れながらも、夏油の質問に赤裸々に答えてくれた。相手が男の店員で、そして「あくまでも店員としてニュートラルな気持ちであなたの感想を聞いています」という夏油の徹底的な自己抑制がいい方に働いたのだろう。
「洗浄は最初は気持ち悪かったけど、もう慣れたかな。……スティックのが結構、あの、……サイズもうちょっとあってもいいかな、って気がしてきてさ……。あ、うん、でもそういう、動くやつはまだ怖いかも。……長いのは実は試してなくて、……そうそう、なんかビビっちゃって……。スティックので、もうちょっと太さあるやつってどれかな?」
 二人で棚の前に立ち、あれこれ言い合いながら、実際に手に持ってみてサイズや感触を確認する。カップルで来店する人間たちを普段から目にしているせいもあって、まるでカップル同士のようだ、と思うともうヨコシマな考えを止めることができなかった。警戒心を解いて、プレーについて話してくる客の話になんて今まで興味を持ったことがなかったのに、五条悟だけは別だ。もっと知りたい。できればもっと深くプレーの内容まで聞いて、夏油の好みの形に彼を変えていってしまいたい。何も知らなかったまっさらな五条悟が、夏油の手によって粘土細工のように、形を自由自在に変えられるイメージが、夏油の興奮を後押しする。そろそろ顔面筋が爆発四散して性犯罪者フェイスが漏出してしまいそうなのを、必死で耐えている。
 誤解を生まないように言うと、夏油にとって、これほどまで自分の感情が露出させられる相手は初めてだった。紛れもなく初めて出会った相手だというのに、こんなに情緒をゆさぶられる経験は今までない。なんなら、どれだけ相手から強い感情を向けられても、どれだけ相手が自分好みであっても、夏油は一人の人間に深く執着するということが今までなかったのだ。そんな夏油が初めて経験する感情の乱高下は、夏油を普段通りではいさせてくれなかった。好きな人ができて、思わず顔がにやつくのを我慢する、という、あの感覚をこの歳になって経験することになるとは思わなかった。馬鹿にしていた青春時代の甘酸っぱい恋のかけらが、夏油の胸を刺し貫いて、隕石のように降り注ぐ。
 夏油は高校時代の頃を、ほとんど記憶していない。
 両親や、当時の教師に聞くところによると、高校内で彼は大きな事故にあって、その後遺症で記憶を一部失ってしまっているそうだ。記憶喪失なんて都市伝説だと思っていたが、まさか自分に降りかかるとは。確かに夏油は、綺麗さっぱり高校の時の記憶を失っている。とはいえ、事故にあったらしいのに、五体満足に元気で生きているだけで十分だと思うように心がけて、夏油は特に自分の記憶の欠落と、中退した高校のことについては気にやまないようにしている。
 だから、存在するはずのない、青春の喜びのようなものが、今胸に湧き上がってくるのが不思議だった。抜け落ちてしまった多感な時期の恋愛を、ようやく自分はできるのかもしれない。とはいえ、相手は男だし、アダルトショップで出会った客という、普通とはいえない状況だったが、それでも夏油のワクワクとした気持ちは留めようがない。
「これとか、……サイズはちょうどいいかと。長さは前回お買い上げいただいたものと同じで、サイズだけアップします。深く入るのが怖かったら、このくらいがおすすめかな」
「あ、うん……。わ、ほんとだ、これ柔らかいし、いいかも」
 あ、あとこれね、この前気になってたんだ、……五条はそう言って、アナルグッズではなく、普通のラブグッズの棚へ歩いていって、「あま〜いチョコレートの味♡舐めてもOKな美味しいローション♡」と書いてあるポップの元へ歩いて行った。これほんとにチョコレートの味するの? と無邪気に笑って、スリムボトルのローションを手に取った五条を見て、夏油の体は落雷に打たれたように硬直した。
 夏油に電流走るーー……!
 これがカイジなら一気にザワザワしていただろう。五条が楽しげに手に持ったローションと、アナル開発、そして夏油の照れ臭そうでありながら、どこか男好きするような色っぽい雰囲気が、夏油の中で一気につながった。
 アナル開発にハマった男は、自ら男に掘られたい、「男のチンポが実際に入ってきたらどうなっちゃうんだろう……?」というファンタジーを抱くようになる傾向がある、というのは有名な話だ。初来店時は紛れもないアナル未経験だった五条悟は、もしかしたら、アナル開発にハマった結果、男のチンポを求めるようになってしまったのではないか? いや、それより、この顔の良さだ。すでに男ができており、どこの馬の骨ともわからぬ男の、ローションで濡れ濡れになった勃起チンポを、五条の使い込まれていないアナルが咥え込み、あまつさえ、抜き放たれたチンポを、ローションでテカったままの状態で「お掃除フェラ」している光景まで浮かんだ。まずいローションの味が緩和されるならいいじゃん、と、五条は味つきのローションに目をつけたのかもしれない。現に、アダルトショップ内でも、味つきローションを買っていく女性客は、大半が「彼氏がフェラ厨でさ〜」とか、「彼氏が絶対お掃除フェラ強要してくるから〜」などと言い合っていて、世の男はクンニをサボるくせにフェラチオは強要しがちだ、と肝に銘じていたところだったのだ。
「じゃあ、ローションと、これ」
 五条が差し出したエログッズ二点を受け取り、レジへ運ぶ間も、夏油はすっかり思考が停止した状態になってしまっていた。この顔面世界遺産を独り占めしている彼氏がいる可能性など、夏油は考えたくもなかった。もういっそ犯罪だ。五条は前回作ったポイントカードを再び差し出して、「また使うと思ってなかったなあ」と苦笑いしている。夏油は生返事しながら会計をし、ようやく、五条の退店の間際になって、意識を取り戻した。

 またのご来店を……、というべきところ、いえなかった。喉をついて出たのは、切実すぎる一言だった。
「……また来てくださいますか?」
 接客業をいくつも経験したはずなのに、こんなことは初めてだった。ぼうっと額が熱くなるのがわかる。照れと、後悔が夏油の胸をちくちく刺していた。なぜ私はそんな気色悪いことを言ってしまったのだろう、と自分を責める夏油だったが、五条は意外にも、夏油と同じようにぼうっと赤面して、口をぽかんとしばらく開けていた。
「…………うん、また、来るよ」
 五条は口ごもりながらそう絞り出し、二、三歩歩いてから、くるっと夏油の方を振り返った。夏油は目隠しの前に立ち、店の入り口で突っ立っていた。夏油を振り返った五条は、胸の辺りで控えめに片手を上げて、それから足速にショッピングセンター内へ消えていった。

 …………その晩だ。
 ぬる、……とテカッているのは温めたローションのせい。あま〜いチョコレートの香りが胸をつく。新しいボトルを開けてしまって、随分前に使ったきり中途半端に残っている無味無臭のローションはしばらくお役御免になりそうだ。ちゅこっ、ちゅこっ、と音を立てつつ、夏油はフル勃起した自分のチンポを握り、上下に強くしごいている。
 脳みその中で、「五条悟」が茹っている。
 五条はためらいがちに、勃起し切った夏油のチンポへ指を伸ばす。「えへ……、めちゃでか……♡」と囁いて、火照った頬を赤く染め、目の中は興奮で濡れて光っている。今すぐ口いっぱいにチンポを頬張って、ザー汁の素をパンパンに蓄えたキンタマまで口の中へ早くお招きしたい、という顔だ。下品な感情を丸出しにしているのに、顔の造形の美しさが全てをうやむやにしている。頭の中がジーンと痺れるくらい、美しくて色っぽい顔だ。
 妄想の中で、五条は夏油のことを愛してくれる。夏油もそうだ。店の中で使う堅苦しい敬語を取っ払って、夏油は彼に恋人のように接する。……マスかいてる時の妄想なんてそんなものだ。都合のいい世界を作り上げるくらい、普段あくせく働いている分、許してもらいたい。
「ん……、む、ぅ……!」
 糸を引いた口の中へ、五条がチンポを咥えた。甘いローションの味がお気に召したのか、じゅぷっ、じゅぷっ、と吸い上げる。仕事終わりの疲れ切ったチンポには、一日の労働による夏油の体臭が染み込んでいるだろう。お風呂に入る暇もなく(という妄想)、彼らは交わり始めたのだ。五条はこうやって、日々、働いて帰ってきた夏油に、お疲れ様のチンポ掃除をしてくれる。
「ん、あ……、すげえ、におい……♡」
「だからお風呂に入ろう、って言ったのに」
「風呂入らないで、するのが、イイんじゃん……」
 はあ、はあ、と息遣いを荒げて、五条はチンポの先端をチロチロ舌で舐め、そこからカリ首をゆっくり咥え込む。初めは控えめに、淑女のフェラをしていたくせに、チンカス掃除で火がついたのだろうか、激しく頭を動かして、疲れマラを味わい始めた。
「おいしそうだな」
「ん、っゥ……ん♡ おいしーよ……♡ 傑の匂い染み込んだお疲れチンポ……♡」
「口だけで十分かい」
「あ、やっ……、こっちからも欲しい……♡」
 ちゅぽ、じゅぽっ♡ と勢いよくチンポを吸い、味わいながら、五条は片手で自分の尻をいじり、物欲しげに腰をくねらせる。悪いスケベアナルだ。すぐチンポが欲しくなって、くぱくぱ開いてしまうのだろう。太いチンポで栓をしてやらないと、この恥知らずなドスケベケツマンコは、女の子みたいにダラダラ涎を垂らして濡れてしまう。
「ほら、そんなに欲しいなら、おねだりしてみな、悟」
「あ、……♡ ください、傑の、……っ、バキバキに勃起した、強いチンポ……♡ 僕の、すぐ感じまくっちゃうヨワヨワ雑魚マンコ教育してください……♡」
 尻を向けて、自ら尻穴を広げながら、五条はそうおねだりする。すでに、唾液でぬろぬろ光ったチンポは準備万端の状態だ。指で広げたそこへ、夏油は立派にイキリ立ったモノを押し当てる。ぬぷぅ……っ、とぬるぬるに湿った入口から、すんなりチンポが入ってしまった。キュッとしまった五条の腰を掴み、強く叩きつけるように腰を振る。ぱんっ、ぱんっ♡ と音が鳴るたび、五条は前のめりにつんのめって、「あっ、んはあっ、あ、アッ! ああっ、あ、おくっ……、す、っごい、キてる……ゥ♡」とよだれを垂らした。締め付けは最高。キツいが、キツすぎず痛くない締め付けだ。中があったかく濡れていて、感触も最高だった。
「あっ、だめ、ダメえ、……ッ、傑ッ、そ、そんな、し、しっ、したらぁ……♡ ぼくっ、僕、他の人のチンポじゃ、感じられないよぉ……っ!」
「他のチンポなんか咥えなくていいだろう? 悟はコレが好きなんだから」
「ああっ、あ、そこ、そこダメ、だめえっ……、感じすぎちゃう、よぉ……!」
 ひときわ激しい腰振りに、五条の体が崩れ落ちる。やだあ、いくう、いっでる、いっぢゃってるからあっ……! 悲鳴をあげて逃げようとする体を無理に引き寄せて、イキながら痙攣しているケツマンコ内を容赦なくチンポで叩き、鞭打つ。五条はもう四つん這いになっていられず、そのままシーツへ崩れ落ちる。イッたばかりの体への追い打ちで、五条は泣きながら感じ狂っていた。
「っ悟、悟……っ! 出すぞ、……っ、中に、……っ生で……!」
「あ、あ、ああっ、すぐ、傑、すぐるの、優秀子種汁、ナカでえ……♡」
 ぎゅうっ! と抱きしめて離さない、極上の締め付け。グポグポ激しく音を立てる汁音も最高だ。眉根を寄せ、夏油は「イく直前」の悩ましい顔をした。あー、イク……! 小さく囁く夏油の柔らかい声には、あつい吐息が混ざっていて、彼の湯だった体の熱をいっぱい溜め込んでいた。
 どぱあっ、と思い切り出した後の余韻がたまらない。射精感に包まれて、夏油はイチモツを抜き放った。ぬめったローションが泡立ちながら糸を引いている。夏油は握っていた、新商品の「TENGA プレミアムハードマックス」を手際よく処理して、ゴミ箱に捨てた。リサイクルパッケージを使っているので、ローションごと捨てられるのもエコでいい。すうっと興奮の波が覚め、妄想の中のドスケベな天使・五条悟が消え去った一人きりの室内で、夏油は入荷予定商品一覧の紙の上に、「締め付け感◎ XXLサイズ使用。夏なのでミントが入っていてスースーしたが、これは不要だったかも? 冬に出たホットローションの方はとても良かったので、夏とはいえ暖かいローションを使用することはできないか?」と書き込んだ。

 サイドテーブルには新品のオナホールがあと六つ並んでいる。今日中にあと六発は、さすがの私と悟でも無理か……。と諦め、夏油は完全に賢者タイムの表情で、ぼうっとタバコを吸っていた。
 夏油傑。アダルトショップ店員とはいえど、仕事には常に真面目で、勤勉。
 彼は昨年度の「利きTENGA」大会チャンプであった。業界いりして日が浅いというのに、今となっては、企業から直接の依頼を受け「案件オナニー」をしなければならないほど、彼はこの業界でもすでに大成しつつある、大物だった。

 

 03.必然的パン・ラズナ

 ふわあ〜っ、と吐き出した煙から、深いお香に似た香りがする。店内にかかっている「Adrealine」をなんとなしに口ずさみ、夏油は一人きりのソファ席にゆったり沈み込んでいた。高円寺の雑居ビルの中にある、できたばかりの小さなシーシャ・カフェは、すっかり夏油の馴染みの店になっていた。パンラズナやチャイ、カルダモンといったスパイシーなフレーバーを好む夏油にとって、香りが強く、他のフレーバーとフーカパイプを使いまわせないパンラズナのために、専用パイプが何台もあるこの店は気楽に利用ができていた。植物をたくさん置いた森のような内装で、一人〜二人席が充実しているのもポイントだ。夏油はお気に入りのパンラズナを吸いながら、仕事用の資料をタブレットで作成していた。アクセントのラムが程よく酔いを回してくれる。最近、アルコール分を、飲料でなく煙で摂取するようになっていた。
 あと二時間もすれば閉店だ。ラストオーダーギリギリで滑り込んだ夏油だったが、それより遅い者がいた。夏油が吸いはじめてすぐくらいのタイミングで、一人、店に誰か入ってくる。
「あと二時間で閉店なんで、二時間だけになっちゃいますけど……」
「あ。大丈夫、僕吸うの初めてだから」
 声を聞いて、あれっ、と思った。
 目を上げた夏油は、入ってきた男とばっちり目があった。「あっ」と思わず声が出る。向こうも同じような反応だ。店員たちは夏油のことをもうよく知っているので、「え? 夏油さん知り合い?」と尋ねてくる。知り合いも何も、そこに立っていたのは、夏油が何度も夢想した男、五条悟その人だった。

 五条悟は初来店以来、ちょくちょく店に通うようになっていた。彼と初めて会ってから、もう半年ほどが経過している。すっかり常連さんになっていたが、お互いに名前くらいしか知らない、奇妙な間柄のまま今日まで来た。とはいえ、店員とお客さん、というのはそういうものだ。どんなに仲良くなっても私生活は別にある。だから諦める他ない、と思っていたし、望みさえかけていなかったのに。
 五条悟の私生活と、夏油傑の私生活が、突然交わった。
「ああ、……うん、まあね」
 夏油のやっている店の性質上、客であると彼の素性をバラすのは憚られた。言葉を濁した夏油に、五条もなんといえばいいのか迷う顔をしている。ソファに沈み込んでいた体を起こして、夏油は五条に、「シーシャ、初めて来たんですか?」と聞いた。
「うん、……あの、す、じゃない、夏油さんが話してるの聞いて、気になったから」
 そういえば、夏油は自分がよく水タバコを吸いにいく、という話を世間話にしていた。店までは話していなかったはずだから、とんでもない奇跡だ。よく知っている男の店員が、「夏油さんの前のソファ席行きます? あのソファがうちで一番いい席なんで」と軽口を言った。冗談めかした発言だったが、夏油にとってはありがたすぎる一言だ。五条は微笑み、「え、いいの? 夏油さんがいいなら」と言った。
「ぜひ。仕事しててテーブル散らかしちゃってるけど」
「んーん。僕何にもしないから、大丈夫。じゃあ失礼します」
 たどたどしい敬語だったが、店で会う時よりずっとフランクに振る舞った。そのうち、五条が敬語をつかわないのもあって、五条から「年も一緒ぐらいだし、敬語とってよ」と笑われて、普通に話すようになった。五条が初めて水タバコを吸うというので、フレーバーの相談にも乗った。甘い味が好きな五条は、ミルクティーをベースに、ピーチやハニー、レモンを混ぜた、甘くて吸いやすい味のシーシャに挑戦した。タバコも吸ったことがないらしく、最初の数口はケホケホむせていて、それも可愛い。甘い味が好き、と聞いて、チョコレート味のローションをふと思い出した。
「傑は、このお店来て長いの?」
 五条は自然と夏油を「傑」と呼んだ。夏油もそれに不思議と違和感を覚えなかった。
「ンー、いや、この店自体がまだ一年経ってないくらいだからね。でもできてすぐの時から来てるよ」
「いいなあ。シーシャっておいしいんだね。いろんな味あるし」
「悟もまた来るといいよ」
 五条が「悟でいいよ」と言うので、夏油も彼を「悟」と呼ぶことになった。ふわあ、とあくびするみたいに五条は口を開いて、そこからぷかぷか煙を吐き出している。手足の長いノッポの体を、ソファの上に縮こめているのも可愛い。お店の客と相席なんて気を使うかと思ったが、意外なほど話が弾んだ。五条がとても嬉しそうに話しかけてくるからかもしれない。夏油は仕事のことなんか忘れて、時間いっぱい五条と話し込んでいた。
「傑の吸ってるやつ、おいしい? 何の味?」
「ああ、これはパンラズナって言って、……スパイス系だから、人を選ぶかも。一口吸ってみる?」
「え、いいの? 吸いたい」
 吸い口からマウスピースをはずして、互いのホースを入れ替える。五条は一口吸ってみて「変な味」と舌を出した。夏油はアハハと笑って、五条が吸っていた甘いフレーバーを胸いっぱい吸い込んだ。
 二口程度吸って、五条はホースを返してきた。最初は平気そうだったが、徐々に、五条は額を赤くして、
「もしかしてあれさ、……お酒入ってた?」
 と尋ねてきた。
 アルコール成分を受け付けない体の人間も、世の中にはいる。そのことをちゃんと考えるべきだった。五条はどうやらアルコールを受け付けない体質のようで、アレルギー反応とまではいかないが、数口で酩酊してしまうほどの下戸らしかった。ちゃんとアルコールのことを説明しなかったことを詫び、閉店と共に店を出たが、五条は足取りが怪しくなってきている。ギリギリまで一緒にいたせいで、五条はどうやら終電も逃していたようだった。ごめんね、……迷惑かけて、と謝る五条に、「アルコールのことを忘れていた私が完全に悪いよ、本当にごめん」と夏油の方が恐縮する。五条の体を支えてやりながら、夏油はタクシーを拾って、高円寺からそう遠くない自宅まで、五条を運ぶことにした。
 下心がゼロだったかと言われれば嘘になる。それでも、この時は五条への心配と申し訳なさが大半だった。五条の自宅は想像以上に遠く、とても一人でタクシーに乗せて放置できる状態ではない。「私の家に一度来て、とりあえず気分が良くなるまで休んでほしい」と言うと、五条は「えー、いいの……?」と、へらりと笑った。酔いもあるだろうし、本心でもあるように思った。

 真っ暗な部屋に電気をつける。五条の足取りは怪しかった。体を抱えるようにして支えてやりながら、ほら、ちょっと待って。靴脱がせるよ、と断ってから靴を抜いてやる。五条はよろよろ玄関から部屋の中に上がって、壁に寄り添った。
「吐きそう? トイレいくかい」
「ううん、……大丈夫……ごめんね……」
 はあ、はあ、と五条は息を荒くして、肌を真っ赤にしていた。飲めないんだよね、とは言っていたが、一口二口でこんなになるとは思ってもみなかった。思わぬ棚ぼたも、五条の危険な酩酊のせいで、ほとんど頭から吹き飛んでいる。ベッドに寝かせてやり、夏油は着替えを引っ張り出して、「きついだろうから服着替えな」と声をかけてキッチンへ戻った。冷えたミネラルウォーターをグラスに注いでやり、五条のそばへ戻ると、五条はおぼつかない手つきでTシャツを半分脱ぎかかっているところだった。
「ほら、水だよ」
「ん……、あんがと…………」
 店にきた時からフレンドリーだったが、こうなるともう何年も付き合いのある友人のように甘えてくる。五条の安心しきった様子が、夏油はとても嬉しかった。普通なら、酔っ払って終電を無くした人間の解放なんてごめんだったし、ゲロ吐こうがなんだろうが、タクシーの運転手に金を握らせてでも自分で帰らせただろうが、五条相手となると、自宅へ泊めてやるという選択肢が最初に浮かんだのだ。
「五条さん、……じゃないや、悟、仕事は何してるの? 明日うちからでも行けそうかい」
「うん、……大丈夫、遠くないし……僕、先生してる」
「先生? ……本当に?」
「ん、マジ、マジ……」
 先生をしている、という五条に、夏油は驚いて言葉を失ってしまった。このルックスで、このスタイルで、その上こっそりアナル開発に勤しんでいるようなエッチな男が、……先生? 数え役満どころかロイヤルストレートフラッシュだ。夏油はクラクラめまいがしてしまった。高校中退でアダルトショップ店長なんてやっている自分とは住む世界が違うのだろう。

「嬉しい」
 電気の消えたままの、薄暗い室内で、半脱ぎ状態の五条がポツリとそう言った。夏油が差し出した水のグラスへのお礼かと思ったが、違った。五条は気分が優れないのか、頭がぐるぐる回っているようで、コテンと夏油の胸に頭を預けて、それでも嬉しそうに笑っていた。
「……僕、……傑と、仲良くなれて、うれしい……」

 限界。
 限界だ。
 夏油はそう思った。どんなに色っぽく女の子にしなだれかかられても、いざブラジャーを外すまでは、大きく心をうごかされたことがなかった夏油は、パンと弾けるような自分の中の衝撃に驚いた。欲情の風船が、明確に今、割られたのだ。ベッドに横たわった五条の体に覆いかぶさるようにして、夏油は暗がりの中、息を激しく荒くした。無防備で、逃げ出さない獲物を見つけた獰猛な肉食獣のように。
 欲情は獣だ。夏油が理性の檻の中で飼っていた、普段はおとなしかったはずの獣は、今や暴れて牙を剥いている。檻の扉を開け放って、この獣を自由にしてしまったら、自分は一体どういう行動を取るか予想ができない。それなのに、夏油は檻の扉を開けてしまいたいと思っている。これは生き物としての本能だ。オスとしての、本能なのだ。

 五条の肌の上に手のひらを密着させた。五条の皮膚が震えるのがわかる。少しでも彼が拒否してくれたら、自分は辛うじて、無理矢理、嫌がる相手を犯すようなことはしないだろう。拒否してくれ、お願いだから……。願いにも似た夏油の内心を、けれども五条は汲み取らなかった。
「僕…………」
 無音の室内に、五条の囁きが残った。
「………傑としたいよ…………」
 それが引き金になった。

「あ、す、傑、電気、つけないで……」
 酔って前後不覚になっているはずなのに、五条はそれだけは絞り出した。体まで真っ赤に熱を持っていて、皮膚はグラグラ茹っている。数口でベロベロに酔ってしまったのは、演技でなく本当らしい。抱いて大丈夫か? 本当に抱くのか? と理性の自分が喚いているが、夏油は無視した。たとえベッドでゲロ吐かれても、五条にガッカリしない自信が、今の自分にはある。
「どうして? 恥ずかしい?」
 笑って、そう揶揄うと、五条はフルフル首を振った。
「ぼ、ぼく、……マジで初めてなんだけど、……信じてくれる……?」
「信じるよ。悟がそう言うなら」
 妄想だけなら何度も唱えた、「悟」という言い慣れない名前が夏油の舌の上で甘やかにとろけていく。ズボンに手をかけ、下着ごと一緒に下げると、五条のうっすら火照ったかわいいお尻が出てきた。ひょろっと背が高いので痩せて見えるが、意外と体つきはがっしりしていて男らしい。尻にもちゃんと筋肉がついているが、ぷるんと張った形のいいお尻だった。
 五条は慌てて、尻の間に腕を入れて、隠す。隠されると余計に興奮指数が上がることを、彼は知らないのだろうか?
「隠さなくていい」
「や、違くて、……ほんとに信じてよ、僕、マジで、チンポ入れるの初めてだから……」
 いやに「初めてである」ことを強調するので、夏油は違和感を感じ、そっと五条の腕を外させた。尻の柔らかい肉を、両手でかき分けるようにして押し開く。可愛い尻肉の間に、桃色にすぼんだ尻の穴がひっそりと息をひそめ……………。
 ……………ていなかった。
 ひっそり、なんていう言葉は、この尻穴、いや、ケツマンコにはふさわしくない。夏油は目にするのは初めてだったが、初めてであると訴える五条の尻穴は、綺麗に縦方向へ形を変えており、立派なマン筋を形成していた。噂に聞く、「縦割れアナル」だ! よっぽどアナルで遊ばないとこうはならない。つい最近尻穴を拡張しはじめた五条悟が縦割れになっているなど、誰も予想だにしなかったろう。
「…………縦割れ…………」
 夏油が思わずつぶやいた。それを驚愕の呟きととったのだろう、五条は酔っ払っているせいもあって、恥ずかしさと、誤解を恐れる気持ちでしくしく泣き出した。お願い、信じて、傑ゥ……! 一人で、アナニーしすぎちゃって、……なんか、わかんないけど、僕のケツアナ縦になっちゃった……。これ戻らないと思う? マジで、……マジで、僕、生チンポは初めてだから……! 信じて、マジで誰ともやってないから……! 必死に訴える五条の言葉は、夏油の耳を貫通して突風のように飛んでいく。五条の様子を見れば、チンポ挿入は初めてだというのもわからないでもないし、彼がそこまでいうなら信じよう。だが、それよりも、夏油は五条の、酒に回って真っ赤になっている顔と、潤んだ目、熟れ切った縦割れ処女アナルを見て、辛うじて繋がっていた理性の糸はプッツン切れていた。
「戻らないかどうかだって?」
「あ、え……傑……」
「戻らなくていい。もう一生このままだ、悟」
「あ、う、うそ、まって……」
 手をどけて、両手を一纏めに掴み、背中へ回す。両手を拘束される形になって、五条はビクッと体を震わせた。それはとても拒絶の反応には見えない。期待の震えだった。片手で五条を拘束したまま、もう片方の手で尻の肉を押し上げる。ヒクッ、と縦割れのアナルが、縦割れの癖に、侵入してくるチンポを予期して、生娘みたいに震えた。先端が彼のアナルに押し当てられる。酒が回っているはずなのに、夏油の体にはあってないようなアルコール成分なのか、チンポには逆流しそうな勢いで血液がたぎっている。開発しきっただけあって、信じられないほど柔らかいアナルだ。五条はシーツに顔を押し付けて、耳を真っ赤にして、あっ、ああ……、と期待に濡れた声を漏らしながら、グスグスと泣き声を上げていた。
「あ、ど、どうしよう、……本物、入っちゃったら、……マジ、僕、どうなるの……」
 怯えて腰をひきかけた五条が逃げないように、手を掴んだ。カッ! と体の奥でビックバンが起こるのがわかる。尻穴の肉の盛り上がりをずりずりと擦って、「今からこいつをブチ込みますよ」と宣戦布告していたチンポが、ぬぷり……、と入り口に飲み込まれる。信じられないほど抵抗がない! なのに、入り口を押し入ると、中がぎゅうっと締まる。膣圧とは比べものならない、「ケツマンコ圧」だ。夏油のチンポをだいしゅきホールドして、オスに媚びるスケベ穴が完成してしまっていた。
 欲を言えば開発に携わりたかったものだ。夏油はマイホームを建てるなら絶対に定礎から口を出したいと願っているタイプの男である。このケツマンコの素晴らしい施工に、自分も最初から関わりたかった。けれど悔いても仕方がない。これから一生、このスケベ縦割れアナルの面倒を見る覚悟で、自分がオスとしていかに優れているか、夏油傑というオスのチンポがどれだけ優秀で、他のどの凡夫の粗チンも欲することがなくなるように、体に貞淑を叩き込まねばならない。
「ん、っ……あ、ああ、あっ、アッ、お、おおっ、っぎぃ……、す、傑、のぉ……っ!」
 初貫通にして、あまりにも立派なチンポを与えられ、五条はチカチカと目の前に星を飛ばし、そんな彼に容赦なく、夏油は腰を一気に奥まで、
 タンっ!
 と叩きつけた。
「………ゥ!?!?!? ンァあああっ、お、おおっ、っぐ……、い、いっぱい……ィ!」
 悲鳴を上げた五条の耳へ囁く。
「本物、ぜんぶ入ったよ、悟」
 初めてのチンポの感触に、五条は言葉を失った。あ、あ、あ、イグ、イグ、だめえ、マジッ、おぐっ、死んじゃう、ぅっ、と悲鳴をあげ、ぱんっ、ぱんっ、と室内に肉のぶつかる音が充満する。物凄いケツマンコ圧! 処女の癖にケツマンコを縦割れにまで自力開発したスケベ教師・五条悟をチンポに貞淑な男に仕上げる前に、自分が五条のアナルに狂わされそうだ。夏油も、男とのセックスは初めてのはずなのに、初めてではないみたいに、体に馴染んだ。懐かしさすら感じて、夏油は自分が腰を激しく使いながら、ぽろっ……と片目から涙をこぼしたことに、驚いた。
 悲しみの涙ではない。懐かしさ? 喜び? いとしさ? いろいろな感情がないまぜになった涙だ。気持ち良すぎて泣いているのかもしれない。ぐちゃぐちゃの感情の渦に押し流される夏油の手を、五条の手が握る。こちらを振り返った五条も泣いていた。枕に涙のしみがついていたから、わかった。
「傑……っ、かお、みたい、僕、……、前から、僕の、顔っ、みて、犯して……」
 息絶え絶えの五条の体から、チンポを抜かずに、そのまま反転させる。中で擦れるチンポの感触に、五条は顎をそらしてのけぞった。折り重なり合って、彼らは抱き合った。五条は、いく、いく、いく、と何度も訴えて、射精せずに何度もイッた。メスイキするのも初めてだったと、後で知った。夏油は無我夢中になって、今このつがいを失ったら自分は死んでしまう、と、……誇張なくそう思った。

 カマキリは出産に際して、パートナーを食べるというのは有名だ。残酷だと思っていたが、今はそうは思わない。寄り添った相手が動けない時、のっぴきならぬ時、そばにいて、たとえ頭から生きたまま食べられようとも、相手の命を守りたい。命を繋ぎたい。そういう思いがあるのではないか。それが愛なのではないか。……夏油はそう思いを改めることになった。白み始めた外を眺めて、二人、汗みずくで抱き合いながら、ベッドに大の字になっている。五条のお腹が、くう、と小さく鳴ったので、夏油は言った。
「悟。お腹が減ったら、私を食べていいんだ」
 五条は夏油の胸の上に頭を置いて、撫でる夏油の手に目を閉じて笑った。
「食べないよ。……また傑がいなくなっちゃうじゃん」

 午前四時を回った。新聞配達のバイクの音が横切っていた。

 〈了〉