真夜中の罪びとたち

 何を始めるのかと思えば、ベッド下へおもむろに男は膝をつき、指を組んで目を閉じた。いかに、トラファルガー・ローが、宗教や神の教えから遠い人間でも、それが何かはわかった。お祈りだ。
 眠る前のお祈りが、体に染みついて、習慣化されているらしい。神を信じているのかというと、信じていないと言う。信じているように見えるか? と問われて、そんなはずねェよな、とローは納得をしてしまった。
 ユースタス・キッドほど、極悪非道、血も涙もない海賊は珍しい。珍しい、というと、まるで海賊がお綺麗な連中の集まりのように聞こえるので語弊があるが、ありとあらゆる「小汚い手」を使ってのし上がる海賊連中が多い中で、真っ向から、ほとんど直情的と言っていいくらいの潔さで略奪・強奪・殺人・その他もろもろの破壊行為を行い、惜しげもなく「海賊」らしくある彼の姿は、今の世の中、珍しいと言ってよいだろう。そんな男が、眠る前に膝をつき、夜のお祈りをする。ローは笑っていいのか、それとも呆れた方がいいのか、それすらもよくわからなくなった。キッドはぶつぶつ、ローにはわからぬ文言を、小さな声でささやいた後、また元通りベッドへ戻ってきた。
「なんだテメェ、その顔は」
「……聞かなくても、わかるだろう。おれが今どう思っているかくらい」
「まァな」
 ハッ、と笑って、キッドは半裸の体をベッドに横たえ、頭の後ろで腕を組んだ。ふかふかの枕に腕がうずもれていく。シャボンディ諸島の夜が更けていた。出航まで余裕があって、その上この島は、平和な外面の下に薄汚れた貴族の文化を飼っている島である。退屈することこの上なかった。その中で、ローはキッドと出会い、キッドはローと出会った。最初は、からかいを含めて、ジョークのつもりでセックスをした。海賊として生きる上で、女がどうの、男がどうの、あまりそういうことは関係がない。ただ、どちらが組み伏せられる側になるかという大事な内容については、真剣に話し合った。話し合う、と言っても、テーブルを囲んでお茶でも飲みながら、というわけではない。ベッドをはさんで、ほとんど殴り合いに近いマウントの奪い合いをして、結局力でローが負けた。頭には自信があったので、猪突猛進型の脳筋を組み敷くくらいたやすいことだと思っていたが、意外と相手も知恵が回って、しかも純粋な力の闘いだとどうにもならなかった。
 ベッドに組み伏せられて、ローはキッドに、古代ギリシャのコロッセオでは、負けた相手を犯して見せしめをするのだ、男同士のセックスの古い形がそれだった、と説いた。プライドを折られ、さらし者にされ、男としての尊厳を奪われるのがこの行為である。そう言うと、キッドは眉をひそめて、「バカ言え、ソドミーが最初だろ」とよりによって聖書を持ち出した。それが最初の兆候だったのだ。嫌かよ、とキッドが問うので、負けた人間に選ぶ権利はねェよとローは笑った。キッドはそれを了承と取ったようだった。
 キッドとのセックスが終わったあと、ローは、ソドミーとは同性愛のみを指すわけではなく、不自然な性交渉、オーラルセックス、肛門性交、異種姦、そういうもの全般を指すのだと教えてやった。キッドは聖書に明るいというわけではないようで、ローが言うことをふんふん、真に受けて聞いていた。
「肛門性交がソドミーなら、合ってンじゃねェか。現にいまそれをやっただろ」
「まァ、そうだが、おれたちがしたのは、というか、お前がおれにしたのは、おそらくコロッセオの見せしめの方に近ェ気がする」
「へェ。難しいことはわかんねェな」
 キッドはそう、面倒くさそうにあくびを一つして、それから、自然にベッドを降りたのだ。そろそろ時間だ、と、朝の歯磨きでもするくらいの自然さで、跪いた。それから、神に向かってささやいた。彼は祈るとき、手を組まなかった。手を組まずに、床へ手を置き、目を閉じて祈った。なんと言っているのかはほとんど聞こえなかった。
「神に祈る人間には見えねェな」
「祈ってるわけじゃねェ。ただ、唱えてるだけだ。おれはもうどうやっても、これをやめられねェ。体が覚えちまってる。だから夜にこれをやらねェと眠れねェ。寝るためにやってるようなモンだ」
「ガキのころからしてんのか」
「あァ。むしろ、ガキのころのせいで、おれはいまだにこれをやってんだ。ガキのとき、両親が神に仕える人間だった。礼拝に欠かさず行き、お祈りも丁寧な長ェやつをやる。贅沢はしねェ。つつましく、誰も批判せず、ひっそり生きてやがった。あいつらはおれにもその生き方を強要した。それから、おれが生まれつき、赤毛だって理由で、あいつらはおれを神に罰されていると思い込んでやがった」
「赤毛は神に嫌われるのか」
「知らねェのか? 赤毛は裏切り者の証で、髪が赤い人間はいつでも神の加護を裏切った。だから神は、その後も目印のために赤毛の人間をつくり、自分を裏切る人間を罰するのだ……、とかなんとか、父親が言ってやがったな」
「へェ。裏切り者がそれでわかるなら、楽でいいな」
「同感だ」
 キッドはローの皮肉に笑って、目を細め、もう一回、ソドミーがしてェな、とつぶやいた。目があって、笑いあうと、次のセックスはコロッセオの見せしめではなかった。ローは無論、黙って下に敷かれて許す男でもなかったが、キッドが相手で、ある程度夜伽の相手にふさわしいと認めてしまうと、受け入れることは難しくなかった。
 キッドのするセックス、……もとい、肛門性交は、ローが考えているより乱暴ではなかった。どうせ、相手が死んでも構わないくらいの強さでむさぼってくる、悪魔みたいな男なのだろうと思っていたが、キッドは違っていた。もちろん、優しい性交ではないが、激しく、手加減をしない所作の中で、ローが感じるところ、気持ちの良いところ、それを探すようなセックスだった。
 朝、目覚めるのもローよりキッドの方が早かった。朝もお祈りをするようだったが、ローには絶対にその姿を見せなかった。シャボンディ諸島のホテルの一室は、キッドが占領したままにしてあるらしく、ルームキーパーが一日に一階掃除やシーツの交換などにくる以外は、ずっとキッドの私物が散乱していて、ほとんど私室も同然のありさまであった。
 キッドと会う日は決めていない。ローは宿をとっていないので、宿がない日はキッドの行きそうな場所に行き、見つければキッドと寝たし、見つからなければ別の男や女と寝た。女と寝るのはあとくされのない商売女だけと決めていたが、男相手となると節操がない。バーテンダー、ウェイター、武器屋、肉屋、酒屋、ホテルの受付、モーテルの管理人、酒場のバイト、商人、海賊、はては海軍将校、とにかく見境なく寝た。キッドの方も同じような有様だろうとローは思っていたし、キッドといるのが他と比べて心地よく、一度寝た相手とめったに二度とは寝ないローの性質を考えてもキッドとはよく続いている方だったが、ローは体の関係、と最初から割り切っていた。

 その日の夜はヤクの売人だった。まだ若い、刺青に鼻ピアスの、目が少しばかりうつろな男で、ローの目当てのヤクを持っていたから接触したところ、バカみたいな値段をフっかけてきた。払える額だが、船に戻らないと手持ちはないし、こんな若造にフっかけられるのも癪である。ローは、よくおれにむかってフっかけられるな、テメェ、と笑って、細切れにされたくなかったら、正規の値段で売れ。金で買うと言ってるだけマシだぞ、と脅した。男はおびえた様子を見せたものの、ただでは引き下がれないという様子で、じゃあ金はいいから、ヤらせてくれ、と言ってきた。ノリ気でなかったが、仕方がないのでヤらせてやった。路地でフェラチオし、壁に押し付けられてケツにナマでぶち込まれた。足の間から、零れ落ちていくどろどろの精液を感じて、ローは長い息を吐き、壁に手をついていた。
「おい」
 そうして、感じ入っていたローの頭上から声が降り、売人の男がつぶれたカエルみたいな声で鳴いたのが耳に入った。振り返ると、ユースタス・キッド。彼が売人の首をひねりあげて、指に力を入れているところだった。
 ごぎりッ! と、鈍い音がして、男の首が変な方向に折れ曲がる。片手の力だけで人間の首を折れるとはいい腕をしている。ローはゆったりとした動作でズボンを履き直し、落ちていた鬼哭を肩に担いだ。
「よォ、ユースタス屋。まさか囚われの姫を救った王子のつもりじゃねェだろうな?」
 挑発に乗らない性質のキッドが、珍しく青筋を立てた。怒っているのか? ローが小首をかしげると、忌々しそうにキッドは吐き捨てる。
「バカ言うな。おれがテメェとヤりてェときに、先客がいたから始末したまでだ。順番待ちは嫌ェなんだよ」
「へへ。テメェらしい。でも殺すことはねェだろう」
「……殺すしかねェだろうが。テメェの浮気相手だぞ」
 浮気、という単語に引っかかって、ローは、「あ?」と聞き返したが、キッドはあっさり受け流して、ローの腕をつかんだ。来い。有無を言わせぬ顔つきに、ローはおとなしくしたがってやることにした。まだ上陸して数週間の付き合いで、セックスしたのも数えるほどだ。まさか情が移ったわけじゃねェよな、ローは身構えて、恐る恐る、キッドに引かれるままになっている。
 ローにとって、愛とか、永遠とか、そういうものは不毛であった。ローが満足を得るのは、セックスしているとき、それからヤクをやっているとき、そして海賊行為をしているとき。それがすべてであった。ローは小さいころ、自分で作ったヤクを自分の腕に打って、それからジャンキーになった。ジャンキーになった、というより、ジャンキーであることを選んだ、と言った方が語弊が少ないかもしれない。ローは選んで中毒になった。やめようと思えばやめることができたが、ローはやめなかった。腕におびただしく残っている注射針の痕を見て、キッドが何か言いたそうな、微妙な顔をして見せたときのことが思い出される。あの時は、キッドは何も言わなかったが、それからローの腕をよく見るようになったのだ。
 ローは自分で作った麻薬を打ち、他人が打っている麻薬を、品質を確かめるつもりで買い、使う。それから、ヤクでトんでいるときはもちろん、普段から、セックスでおおよそのことを忘れようとする。ローには抱えるべきものが多すぎて、何も考えずに楽しめる時間をその二つで作り出していた。
 だから、キッドがローを連れてきた、大きく立派で、荘厳な教会の前に立ったとき、ローは驚いて、声も出なかった。
 こんなところがあったのか。最初に思ったのは、それだった。おそらく同業者なら、絶対に暇つぶしであってもここには来ないだろう。それくらい、海賊と教会は遠いものなのだ。キッドはしかし、この場所を知っていた。十中八九、ローと一緒でないときに、来たことがあるのだろう。キッドは中へためらいもなく入っていき、ローを促した。教会には、ずらりと並んだ簡素な木の椅子が並んでいて、礼拝堂があり、ステンドグラスの天井と、たくさんのキャンドルの光が灯っていた。キッドはキャンドルのひとつを取り上げて、そこにマッチで火をともし、木箱の中に金貨を一枚投げ込んだ。
「トラファルガー」
「……なんだ」
「……テメェは、おれに言ったことを覚えてるか?」
「言った? いろいろありすぎて、どれかわからねェな」
 はぐらかそうとしたが、キッドはぎろりとにらんだだけで、まるで悪いことでもしたかのように思えてくる。キッドは深いため息をついて、ステンドグラスに描かれた、たくさんの天使たちの絵を見上げていた。
「……永遠の愛を持って、お前を愛する」
「……は? ユースタス屋、何……」
「テメェが言ったんだ。覚えてねェんなら、ちょうどヤクでぶっ飛んでたときかもしれねェな。おれと初めて会ってから、あれはちょうど三回目、いや、四回目かもしれねェが、テメェがおれを探しにきやがったときだった。おれは、あんまり、上陸した島で特定の野郎と長く続けねェ方だから、テメェがヤリてェと言ってきたとき、断った。嫌ってわけじゃねェ、むしろ逆だった。だが、断らねェといけねェ気がして、断った」
 ローはだんだん、記憶の糸が手繰り寄せられて、その夜のことを思い出し始めていた。ヤクをキメていたわけではない。あの夜は、本当に、一人が怖かった。何が原因かはわかっている。過去のしがらみ、過去の妄執、過去の闇のことを、発作的に思い出して、何かにすがりつきたいと思うことがたまにあるのだ。いままでなら、クルーであるベポだとか、シャチ、ペンギンに、弱音を吐いてみるくらいで、収まっていたはずのものが、その日に限って押さえつけられなくなった。そして最初にキッドのことを思った。あの男にもう一度抱いてもらえば、腕の中できっと忘れられると思ったのだ。
「……でも、テメェは、よりによって……。おれに、向かって……。『ヤりてェだけで、お前を誘ってるわけじゃない。隣で眠ってくれるだけでいい』だの、なんだの、抜かしやがって、挙句の果てに、永遠の愛を持って、お前を愛するから……。だとか。言ったよな」
「……言ったな、確かに……」
「本当に覚えてやがんのか?」
 キッドは、ローがトリップして口走ったことを真に受けてしまったと恥じているらしく、ローの同意を受け入れなかったが、ローは覚えていた。そうだった。キッドの、信じてもいないし、柄にもない、神に祈りをささげているところが好きで、からかいのつもりもあって、そう言ったのだ。彼が祈っている神が説いている愛についての誓いの言葉を言えば、ノってくれるのではないかと思ったのだ。
 その日の夜のことを、ずっと覚えていた。キッドは何もせずに、ローに腕枕をして眠った。本当にたったそれだけの夜だった。美しい夜だったのだ。
「……真に受けたおれがアホだったが、どうも収まりがつかねェ。謝れ、テメェ」
 まさか、愛の誓いを言っただけで、本当にパートナーになれるだなんて、とんだロマンチスト野郎だ、そう思いながら、ローはそれでも、くすぐったいような、うれしいような気持になり、「悪かった」と謝った。けれど、キッドは、「そうじゃねェ」と言って首を振る。
「おれにじゃねェ、神にだ」
 言って彼は、顎をクイとしゃくって、教会の懺悔室へ入るように、ローを促した。

 ローは正直なところ、こんな狭苦しい、懺悔室というものに、入ったのは初めてである。懺悔すべきことをしすぎているせいで、懺悔する気にもなれない。赤いカーテンに覆われた四角い部屋の中で、体を小さくして、ローは手持無沙汰に目の前の聖母像をにらんでいる。キッドが、催促するようにドンと木の扉をぶつ音がした。あいつのこういう態度こそ、罰するべきじゃねェのかと、ローは神に対して釈然としない思いすらあった。
 キッドは懺悔室にローを押し込めて懺悔させる、という新しい趣の遊びに楽しみを感じているらしい。ローはしぶしぶ、腕を組んで、目を閉じた。こうなったら、全力であらゆる今までの行いを懺悔し、神に赤面すらさせてやろうとローは思った。何から始めようかと思ったが、子供のころのことから言えばきりがないので、キッドが知り得る範囲のことだけにしようとローは懺悔をし始めた。

 われらの神よ。……最初はこう言うべきなのか? わからねェが、とにかく、神よ、おれがやってきた罪深い行いの数々を聞いて、許してくれるもよし、許してくれねェもよし、なんでもいいが、とにかく聞け。
おれはこの島に来てから、……いや、島に来る前からずっとそうだったが、とにかく、この島に来てからも、お前らが大罪だと思っていることをやってきた。人を殺した。賞金首のやつらだったから、あれは正当防衛だと言えると思うが、十人、いや二十人か。およそ二十人くらいは、殺した。殺さなくても追い払うことくらいできたが、生かしておいてまた来やがったら厄介だと思って、殺した。あいつらの魂がどうなってるか知らねェし、おれを殺して金を稼ごうとしてきやがったやつらだから、どうなったって別に構いはしねェが、おれはとにかく殺しをやった。海軍はまだ殺してねェ。これは慈悲深いってことになるのか? なるんだったらおれの慈悲だということにしておいてくれ。
 それから、ヤクをやった。おれは、ガキのころからある男のもとにいて……、というか、おれはおれが懺悔するより先に、この男の悪行三昧が先に罰されるべきだと思うんだが、あいつは罰されるか? 見たところ罰されることもなく悠々自適に過ごしていやがる気がするが、とにかく、神よ、お前が本当におれたちのことを見て、罰しているんなら、あの男を先に懲らしめてくださいますよう。おれは、あの男の下でいろいろな、ヤバイことを学び、その一つがヤクだった。おれはヤクを自分で作り、自分の腕に打ち込んだ。おれのヤクは完璧で、幻覚もばっちり、レーザービームが目の前で飛び交って、最高にトべる、中毒性も最悪だ。それにおれ自身がハマって、今は、自作した以外のヤクもいろいろ試して、もっといいヤクを作る努力をしてる。おれにとっちゃ、これは新薬の研究と同じようなもので、違いと言えば人間にとって善か悪か、おれは善悪って言葉も好きじゃねェんだが、とにかくその程度のモンだと思ってる。だが、おそらく、神よ、アンタから見ればこれは罪だろうから、懺悔しておく。どうぞ罰してくれ。おれにヤクを作らせた男を罰してからな。
 最後に、おれはソドミーをやった。男も女も関係がない。特に男とやった。ユースタス・キッドという海賊がいるが、その男とはこの島に来てほとんどの時間ソドミーをやっていた。毎日ソドミーをしてもよかったが、海賊はそういう生き方をあいにくとしていねェから、おれは別の人間ともソドミーをやった。ユースタス屋に愛を誓ったのは、もちろん、そういえばアイツをノせられるかと思ったから、というせいでもあったが、一番は、誓いたかったからだ。おれは運命とか、そういうものを信じていない。出会ってすぐにユースタス屋を運命だと思ったかというとそうでもない。ただ、こういうものは、直感でしかねェんだ。第一にセックスがよかった。……うるせェ、ユースタス屋、壁殴ってんじゃねェ、……第二に、体つきが好みだった。
 第三に……。そう、これが問題だ。二人で眠るのが、好きだった。たまらなく。
 おれは他人の隣で安眠できたためしがねェが、アイツの隣だとよく眠れた。なぜかはわからない。あいつにおれを殺す気がないとわかっているからなのか、それとも、もっと別の何かなのか、おれは単純にユースタス屋と眠るのが好きだった。だから、あの夜、おれはユースタス屋と眠りたくて、誓いの言葉を言った。嘘で言ったわけじゃねェ。多少本気じゃねェと、あんな寒いことは言えねェ。少しはジョークだったが、あいつがおれを受け入れたとき、おれは、「思いが通じた」とそう思った。バカみてェに浮かれて、セックスなんかどうでもよくなった。
 それなのに、おれはソドミーをした。アイツとこのまま、平穏に毎日うだうだとぐだって、一緒に眠れるとは思ってねェ。あいつとおれは敵でもあり、味方でもあり、まったくの他人でもある。必要とあらば殺し、必要とあらば切り捨てるだろう。それをできなくなるのが怖かったから、おれはソドミーをした。純粋にソドミーをしたかった、というのも事実だが、おれはユースタス屋との関係を正気に戻すために、ソドミーをした。ユースタス屋以外の男と。
 それにあいつは怒っているらしいが、神よ、これは、愛のための、苦渋の選択じゃァねェのか? おれは罪深ェか? なァ、どうなんだよ、神サマ。

 いよいよ、扉を叩く音が大きくなり、カーテンの向こうから、息をひそめていたらしい神父が、疲れた声で、「神はあなた方を許すかもしれないし、許さないかもしれない。確かなのは、あなた方が神に頼るような人間ではないと言うことです」と唱え、それきり黙り込んでしまった。神父が向こうにいたなどとは、聞いてねェぞ、ローは赤面して、扉を開けて外に出た。外で待っていたキッドも、腕を組み、仁王立ちして怖い顔を作っていたが、頬がぼうっと赤くなって、凄味がなかった。
「テメェ、何考えてやがんだ、懺悔室だぞ……、入ったことねェのかよ……」
「あるわけねェだろ、神父が聞いてやがったんなら先に言え!」
 キッドの足を思い切り踏みつけると、キッドは怒った獣みたいな声を出して唸り、ローの脇腹を小突いた。キッドが照れているのは、ローがあけすけな懺悔を、神父の前でしてしまったからというだけではないようである。
「トラファルガー」
「あ?」
「……永遠の愛を持って、テメェを愛する」
「…………」
「言え、早く、テメェ」
 キッドはうつむいて、奥歯をかみしめ、そっぽを向いた。ローはかつて自分が言った言葉を、もう一度、ゆっくりかみしめた。
「永遠の愛を持って、お前を愛する」
 教会に、都合よく鐘の音が鳴り響いた。夜十二時を告げる、荘厳な鐘の音にまぎれて、ローはぼそりと「今日もお前と寝ていいか」とつぶやいた。キッドはきちんと聞いていたようだが、返事をしなかった。返事をしない代わりに、ローの体を片腕でつかみ、教会の外へ促した。

 私があなたを愛するように あなたも私を愛すれば / 我ら二人を引き裂くものは 死よりほかに何もない
 教会の外へ出て、キッドが唱えたその一節が、彼が毎晩唱えているものだと、この時になってようやくわかった。

// 終(「真夜中の罪びとたち」)